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『Tシャツに口紅』

今日は『Tシャツに口紅』について、書き残したい。


はじめに

作詞は松本隆、作曲が大瀧詠一の歌であるが、
メロディーも歌詞もなんとも良いのである。

まず出だし。

夜明けだね 青から赤へ

この情景については….
と語りたいところではあるが、この曲と出会いについて語らせて欲しい。

大瀧詠一にハマっていた時期に、この曲を初めて聴いたのである。
最初はメロディーが気持ち良くて、「この雰囲気好きだな」という感じであった。
私は、歌詞よりもメロディーの雰囲気で、好きか嫌いかを判断するタイプの人間であり、
そしてメロディーが好きだったら、歌詞を見るタチなのである。

この曲も、そのような流れで、歌詞を見るに至った。

曲の雰囲気と多少聴き取れた歌詞から、なんとなくどんな内容かは分かっているつもりであったが、
その出だしに、鳥肌が立った。
(ここで先ほどの出だしについて戻る)

出だしの歌詞

夜明けだね 青から赤へ

この曲を聴いたことがある方ならわかると思うが、
この曲はある男女が別れ話をするシーンである。

この出だしは、単なる情景だけでなく、
まさに男が他の女に心が移ってしまったことを表現している歌詞である。

青と赤。好きか好きではないかというような曖昧としたものでは、恋愛関係は成り立たないのである。
青と赤。好きか嫌いか。付き合い続けるか別れるか。
選択肢はその2つなのである。

そう、この歌は歌詞がなんとも分かりやすくて(と言っても、自分なんかが十全に理解できたとは思わないが)、情景が浮かぶ曲なのである。

と、この歌詞の出だしに感動してしまった。

シーン

この曲全体におけるシーンを整理すると

泣かない君が 泣けない俺を
見つめる 鴎が驚いたように
埠頭から翔び立つ

つきあって長いんだから
もうかくせないね
心に射した影

先にも書いたが、以上の歌詞から、付き合って長いカップルの話で、
男が他の女を好きになり、
海近くで彼女に別れ話をしている情景が読み取れる。
要は緊張感のあるシーンである。

朝陽が星を塗りつぶす
俺たちを残して

この歌詞は、「星」という名の、楽しい思い出、未来への期待が、
朝陽によって消され、または思い出したくもない嫌なものへと書き換えられることを表現しているのではないかと考える。

ただ、記憶や思い出というものは、現実的には「消え得るもの」であるが、
「俺たち」という実態は、当然のことながら死ぬまで「消えないもの」である。
今後は一緒に生活を共にすることはないが、それぞれの人生はまだまだ続くのである。
そんな良いか悪いか分からない未来が朝陽とともに期待されているのである。

しかしまた、人が死して消えても、思い出や記憶、記録は残るという考え方が一般的なようにも思えるが、
いちカップルが別れるというのは、そのような美辞麗句には集約できない俗な出来事なんだと思えてくる。

男と女

次に男性と女性についてみていく。
まず、この男性は少しずぼらのように思える。

別れるの?って 真剣に聞くなよ

みんな夢だよ 今を生きるだけで
ほら息が切れて
明日なんか見えない

これ以上君を不幸に
俺 出来ないよと
ポツリと呟けば

男が上から目線で、別の女を好きになったことを「仕方ない」と思っているような、そんな軽い男に思えてくる。
だからか、特にサビは少しポップな感じもあり、
とても悲しい別れのシーンをすぐさまに彷彿させるメロディーとは思えない。

それに対して女性の方は、

泣かない君が 泣けない俺を
見つめる 

これ以上君を不幸に
俺 出来ないよと
ポツリと呟けば

不幸の意味を知っているの?なんて
ふと顔をあげて
なじるように言ったね

別れ話でも泣かない様子や、「不幸の意味を知っているの?」というような返答ができるあたり、
大人びた女性なんだろうと思う。そしてまた、そういった女性を描く松本さんにも脱帽してしまう。

ただ、ずぼらな男(あくまでも主観です)が好きになってしまうような、
少し隙のある、可愛らしい女性なんだろうとも思う。

ここで話は脱線するが、

不幸の意味を知っているの?なんて
ふと顔をあげて
なじるように言ったね

という歌詞からもわかるように、この曲は男性の主観によって描かれた風景である。
だから少し上からに感じるのである。
(もしかしたら女性の側から見たらまた違った景色なのかもしれない)

「Tシャツに口紅」という描写

タイトルにもある「Tシャツに口紅」についても少し言及したい。
サビには、

色褪せたTシャツに口紅

という歌詞があるが、私はこの口紅は、男性が浮気をした女性のものであると考える。
というのも「色褪せたTシャツ」は長く付き合ってきた彼女、またはその数々の思い出を彷彿とさせる表現していると考えるからである。
この対比がなんともまた美しく描写されている。

そしておそらく、くすんだ薄い色をしたTシャツに映えてしまう口紅といえば濃い口紅だと推察される。
少し頭の切れる大人びた彼女は、派手めな口紅ではないはずである。
彼女とはまた違ったタイプのケバい女を追いかけた、そんなズボラな男が想像される。

泣かない君が 泣けない俺を
見つめる 

なぜ彼女は泣かなかったのか。
もちろん強い女性だからだということでも片付けられそうな気もするが、
私は、彼女そのものである「色褪せたTシャツ」に上書きされてしまった新しい女の痕、
自分と違うタイプに惹かれてしまったことによる諦念、
そのようなこともまた、彼女が泣かない原因だったのではないかと思う。
(もちろん、物はいいようで逆のことも言えてしまいそうな論理ではあるが、あくまで色々な可能性を挙げ、どのような女性であるか想像したいのである。)

『Tシャツに口紅』の情景。美しい。

描かれた緊張感

次に、この曲を別の視点で見てみたい。
キーワードは「緊張感」である。

以下のサイトに書いてあったのだが、
https://reminder.top/573989107/

色褪せたTシャツに口紅
泣かない君が 泣けない俺を
見つめる 鴎が驚いたように
埠頭から翔び立つ

色褪せたTシャツに口紅
黙った君が 黙った俺を
叩いた
仔犬が不思議な眼をして
振り向いて見てたよ

1番が、泣かない両者(静)→鴎が翔び立つ(動)といった展開に対し、
2番が、女が男を叩く(動)→仔犬が振り向いてみる(静)

と言ったようにサビで静と動の動きを分けていることを指摘していた。

これは別れのシーンならではの、
緊張感を増幅させる効果があるのだと我ながら推察する。

音が生む緊張感

その他にも、言葉をどこで切り取るのかという点にも着目したい。

私はこの歌を覚えようとした際に、
なんとも覚えづらい思いをしたのである。
それはなぜかと言えば、言葉が途中で切れるからである。
メロディーの関係上、単語の間で拍を置かなければならない箇所がいくつか散見されるのである。
例えば、

おま/えを/抱きしめて
わかれる/のって/真剣に聞くなよ

つきあ/って/長いんだから

ここ/ろに/射した影

みんなゆ/めだよ/今を生きるだけで

(上記の例の中でも人によってはそうではないと思われる方もいるかもしれないが、)
と、このような、独特な音の切れ目は、歌詞が流れていかない、
少し詰まらされるような、
緊張感を生む仕組みになっているのではないかと考える。

おわりに

『Tシャツに口紅』は画でも、音でも、描写を想起させ、各シーンが見応えのある静けさや動きの緊張感のあるもので、
私は普段、このような想像をする人間でもないのであるが、
情景が浮かびやすいからか、『Tシャツに口紅』は想像したいと思える箇所がいくつもあり、
松本先生、大滝先生の凄さに、ただただ感動するばかりである。

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