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『熊の場所』を知っていますか? —逃げ出した私と向き合う私

※この記事は2022年4月頃、個人ブログに書いた文章に一部加筆・修正を加えて再掲したものです。


熊の場所とは

 私の好きな作家のひとりに舞城王太郎がいます。
 今回紹介する「熊の場所」は氏の書かれた小説『熊の場所』に登場する概念で、私はあるタイミングでこの小説を読んでいたく感動したので、ちょっと読んでいってください。

あらすじ

 「熊の場所」の主人公は小学生の宏之。舞台は福井県西暁町。
 宏之はある日クラスメイトのまー君がランドセルの中にねこのしっぽを隠しているのを発見する。ハサミか何かでぶちっと切り取ったようなしっぽ。
 まー君はクラスメイトと遊ぶような子ではなくて、しかも数年前に隣の家のねこを殺したという噂まで聞いてしまった宏之は怖くなって学校から走って逃げ帰る。
 家に帰ってきた宏之はほっとすると同時に思う。
「まー君と会うのが怖い」

 この怖くて二度と立ち寄れなくなった場所が熊の場所です。簡単に言うとトラウマですね。

 宏之の父親はユタ州の原生林の中でグリズリーに出会ったことがある。一度は逃げたけれど、ここで逃げ出すとクマが怖くなってもう二度と山の中には入れないなと思う。でも家は山に囲まれた福井県にあるし……。
 宏之の父親は拳銃とスコップを持って原生林に戻る。
 そして偶然ではあるけれどクマを退治することに成功した。
 その「熊の場所」の克服がなければ今も山に入るのが怖かったに違いない。

 このトラウマ的な場所や出来事が「熊の場所」という概念。

私にとっての「熊の場所」

 ちょっとここで自分の話をさせてください。

 私には逃げ癖があります。
 何でもかんでも投げだす訳ではありませんが、本当に追い詰められると後先考えず逃げ出してしまいます。その時は本当に全てが押し潰されそうで、命の危険すら感じているんです。
 後から考えると他にやりようがあったのかもしれませんが、その瞬間はそれしかなくなるんです。
きっと自殺をしてしまう人たちと近い精神状態にあるのかもしれません。

 今も私は逃げ出そうとしています。
 七年間働き続けた今の職場をあと五ヶ月後には退職する予定です。
 キャリアアップだとか新しい仕事がやりたいとかではなくて、逃げ出すのです。

 退職後のことを何ひとつ考えていないわけではありませんが、根源的な部分では逃げている。そう思っています。

 そもそも退職を考えるきっかけになったのは二年前。
 詳しくは書きませんが、私はパワハラを受けていました。今でも思い出すと手が震えるくらいには私の心に根深く突き刺さっています。
 あの時は本当に辛かった。
 苦手な業務も私なりに一生懸命やっていたつもりだったのに「嘘つき」と罵られ、

 家族にも相談しましたが、持ち前のタフさが良くない形で功を奏してギリギリのラインで持ち直して、結局そのまま。

 誰かに解決を頼むのは無理だと思いました。
 状況を知っている職場の人間には言いづらい。その時の様子を見ていて私に声をかけてくれたのは、五十人以上いるオフィスの中でたった一人でした。

 家族にも一度相談してみたものの、直接その現場をみたわけではないので手が出しづらい。

 じゃあ、自力で何とかするしかない。
 かと言って、立ち向かうわけではなく、私は逃げました。具合が悪いと嘘をついて、仕事を抜け出して新幹線に乗りました。
 どこかへ逃げたところで何かを得られるわけでもないのに。それくらい限界だったんです。

 逃げた先の駅で私は不安になって、やっぱり元の場所に帰りました。そこまでの勇気があれば、ひょっとしたら死んでいたかもしれません。勇気がなかったので、逃げることから逃げました。

 その日からもう二年半ほど経ちますが、私はまだ当時の職場にいます。
 辞める踏ん切りがつかなかったというのもありますが、働きながら大学に通っていたので辞めるに辞められなかったんです。

 今年の三月、ようやく卒業単位に到達して私は晴れて大学を修了することができました。
 同時に、私を取り巻くいろいろもなくなりました。
 私は今年の九月いっぱいを以って、今の職場を辞めることにしました。

(追記)
 その後、後任者が決まらないので11月まで仕事をすることになりましたが、お世話になった恩返しの気持ちで2ヶ月働きました。その2ヶ月間は腹が決まっていたので全然イヤではなかったです。

私と「熊の場所」

 長々と自分の話をして何をしたかったのかと言うと、二年半前の私が全てを投げ出して完全に逃走していたなら、その嫌なことは私の「熊の場所」になっていたのだろうなと思うのです。
 きっとその「熊の場所」はいつまでも私の仕事や上司に対する意識を歪め、完全なダメ人間になっていたでしょう。たった一人で走り回ることしか出来ない人間になっていたでしょう。

 舞城王太郎氏の『熊の場所』では、熊は殺さなくてもいい、と言っています。何らかの形で決着をつければいいのだと。

 私は三年間「熊の場所」に怯えながらも居座り続けることが出来たことで、概念としての熊を怖れない自分を得ることが出来ました。
 と言っても、「熊の場所」をずっと意識していたわけではなくて、今になって「ああ、これは熊の場所だ」と気付いただけなのですが。

熊の場所

 「熊の場所」は誰にでもあるはずです。
 近付きたくない人、場所、モノ。
 いろんな事柄に「熊の場所」は当てはまるでしょう。
 もちろんそこから逃げてもいい。私も逃げた人間ですから、「逃げるな」「目を背けるな」なんて偉そうなことは何も言えません。
 でも、もしも逃げ出して後悔をしそうなら「熊の場所」に立ち向かうのもアリかもしれません。
 熊は怖いです。本当に心と体と脳みそが嫌がります。
 それでも一歩、少しだけ踏み出すと、違う方向への一歩も出しやすくなります。

 私はその一歩を舞城王太郎氏から分けてもらいたくて、『熊の場所』をときどき開いています。

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※この記事は2022年6月頃、個人ブログに書いた文章に一部加筆・修正を加えて再掲したものです。

(追記)
 これを書いた2022年4月から3ヶ月後に抑うつと診断され、少しだけ休職しました。すでに限界は来ていたのだと思います。
 同年11月に当時の職場から無事脱出し、住む場所も変えて生きながらえています。
 協力してくれた人たちには感謝しています。
 特に新幹線で逃げ出した私を迎えてくれようとしていた友人と、その話を聞いて泣いてくれた友人に。
 当時のことを思い出すと指がピリピリと震えて痛くなりますが、いまは元気です。

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