Natural Mysticに関するあれこれ2(ヨハネの黙示録)
Natural Mysticは目には見えないものについて歌っています。
具体的なイメージがアタマに浮かばない曲です。
ただし唯一の例外があります。「ラッパ」です。
最初のものかもしれないし、最後のものかもしれないとボブが歌うこのラッパは新約聖書の最後の書「ヨハネの黙示録」(The Book of Revelation)に登場する七つのラッパのいずれかを指します。
ヨハネの黙示録とは
「黙示」(Revelation)とは、選ばれた人間に神があたえる啓示のことです。
紀元81年~96年頃に書かれたとされているヨハネの黙示録は新約聖書の中でただ一つの預言書的性格を持つ書物です。
厳しい迫害の下にあったキリスト教徒に苦しみの終わりを告げ、希望を与えるために書かれたものです。世界の終わり=終末がテーマとなっています。
天使によってヨハネと名乗る著者(=預言者)に未来の幻がもたらされ、その中で世界の終末、終末における救い、世界の変転、救済が順番に語られていきます。
まず子羊(=イエス・キリスト)が七つの封印された巻物を開きます。七つ目の封印が開かれるとラッパを手にした七名の天使が現れ、ひとつずつラッパが吹かれていきます。ラッパが吹かれる毎に大きな災いが起こり、世界は破滅に向かって進んでいきます。
最後の七番目のラッパが吹かれると「この世の国は、我らの主と、そのメシアのものとなった。主は世々限りなく統治される(新共同訳)」という声が天に響きます。
世界の破滅から再生に向かう壮大なストーリーはまだまだ続くのですが、ラッパが吹かれる箇所に関してはこんな感じです。
ヨハネの黙示録についてもっと詳しく知りたい方にはこのウェブサイトが参考になると思います。
黙示録とセラシエ
ヨハネの黙示録はエチオピア皇帝だったハイレ・セラシエ1世(Haile Selassie I)が再来した救世主(メシア)だというラスタの信仰を支える記述が含まれた新約聖書唯一の書です。そのためラスタはヨハネの黙示録の啓示(預言)を信じています。
その記述とは次のふたつです。
1930年に皇帝として即位した際、アジスアベバの大聖堂でおこなわれた戴冠式でセラシエに称号があたえられています。
それがKing of Kingsであり、Lord of Lordsなのです。
ラスタはこれこそセラシエが黒人の救世主である証だと解釈しました。
ボブもセラシエについて語る際には敬意を込めてKing of Kings, Lord of Lords, the Conquering Lion of the Tribe of Judahと呼んでいました。
ラスタにとってハイレ・セラシエは唯一無二のスペシャルな存在だったんです。
ただしボブ本人はセラシエを神だとも救世主だとも見ていませんでした。
Natural Mysticを書いた当時、彼はキリストを救世主と信じるプロテスタントに近いラスタ集団「イスラエルの12部族」(Twelve Tribes of Israel)のメンバーでした。
ラスタの主要なグループ間にはセラシエ観の違いが歴然と存在しています。それについてはまた別の機会に書きたいと思います。
黙示録の危険性
伝統的なキリスト教会の牧師は礼拝でおこなう説教でヨハネの黙示録を用いることはほとんどありません。
ヨハネの黙示録を好んで使う牧師は異端とされている教派の人が多いです。ヨハネの黙示録は時にセンセーショナルな終末予言であるかのように誤用・悪用され、人びとに恐怖を植えつけます。
預言に登場する獣を安易に現代のアメリカやロシアに当てはめ、世界の終末を予言するために引用する人もいます。思いのままに利用できる書です。そういう意味で非常に危うい書物だと言えます。
ボブやラスタに興味を持っておられる方は読めば学べることも多いと思いますが、副作用がありすぎるので「預言めいたもの」に影響されやすい人は近寄らない方が良いかもしれません。
以上、Natural Mysticの歌詞の源=ヨハネの黙示録とは何か、そしてなぜラスタがこの書を預言だと信じるのかざっくりと解説してみました。それじゃまた~
<執筆にあたり、参考にさせていただいた書籍>
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