だらしのない君へ

「お金、貸してくれない?」

30代になって、久々に連絡が来る友人は大体これだ。

金貸してくれか、不倫相談の2つが多い。

多分ろくな生き方をしてこなかった僕相手になら言いやすいんだろうけど、こっちとしては聞いていて楽しくはない話題なので、久々に連絡が来た時点でちょっと萎えている。

しかし相手はそんなことお構いなしである。彼ら、彼女らは、金を手にせず素直に引き下がるつもりはないわけだ。あの手この手で金を貸してもらおうとする。

金を貸すことが嫌かと言われれば微妙なところだ。

事実何度か友人に金を貸したことはある。

でもこの形で急に連絡をしてきた人間に貸したことは1度もない。

そもそも僕は、30代にして独身、金のかかる趣味もなく、夜のお店に行くこともない。人並みに仕事をこなして、家でごろごろして、たまに旅行すれば満足してしまうような庶民じみた生活だ。必然的にお金が貯まるのである。

将来大きな家を買いたいだとか、かっこいい車に乗りたいだとか、はたまた世界一周旅行をしようとか、子どもに資産を残してあげたいとか、預金通帳を見てにやにやする趣味だとか、どれにも当てはまらない。

なので、いい年して人に金をせびるくらい経済を回しまくっているという意味では、少し尊敬の念すら覚える。すごい。どうやったらそんなにお金が使えるのだ。

だからこういう連絡が来るようになった初期は、別にお金を貸してもいいかな、くらいの感じだった。

で、聞く。

なんでお金ないの?なんで借金しちゃったの?と。

こっちとしては豪快な話が聞きたいわけだ。せめて金を貸してやるなら、面白い話くらいよこして欲しい。

でも大体の人が、いかに自分は悪くなくて、可哀想で、悲劇のヒーロー(orヒロイン)で、こんなつもりはなかったんだけど、自分が清く正しく善い人間のせいで、世界が汚いせいで、こんなことになってしまったのだと熱弁する。

分かるよね、分かってくれるよね、こんなにも可哀想な人間で、どうしようもなくて、金を借りる資格があるんだ。金を借りる資格があるのに、世界は汚くて、誰も正しさに目を向けられないから、自分だけがこんな目に遭っているんだと、誠心誠意説明してくれる。

これがもうどうしようもなく切ない。

こういった話は本当なのかもしれないと最初は思っていた。

だから「それならこういう制度があるから、こういう手続きを踏めば国からお金がもらえるよ」と説明してあげる。

すると大体、それはこうこうこうだから無理だ、そんなことはできないんだ、みたいなよく分からないことを言い始める。

貸したとしていつ返せるの?と聞く。

来月には返せる!みたいなことを自信満々に言ってくる。

来月に返せるなら適当な消費者金融で借りて返せばええんちゃうの、と言うと、また何かよく分からないことをつらつらと述べ始める。

もうめちゃくちゃである。

なんで人に金を借りるのに、こんな無計画でめちゃくちゃな説明しかできないんだ、嘘をつくにしてもやり方があるだろう、と思っていた。

でもこれ逆なんだ。

こんな無計画でめちゃくちゃな思考回路だから、首が回らなくなるくらい借金をして、疎遠になってたような人間にまで連絡を入れなきゃいけなくなる。

そう気付いてからは、何も言わず断るようにしている。

ごめんね、お金貸せないんだ、と。

で、思う。

これが今生の別れなのだと。

そもそも繋がりが薄くなっていたわけで、自分にとって特別な相手でもなかった。相手にとってもそうだろう。繋がっていたとも言い難いものであり、別れもくそもないような間柄なのだ。

それなのに改めて別れを意識する。

仕方ないとは思いつつも、これで終わりなのだ。

もしかしたらお金を貸してあげるだけで何かが変わったかもしれない人間関係がここで終わる。

そう考えると、とてもやるせない。

感傷的になりつつ、いくつかの縁が切れた。


最近、その中の1人から連絡が来た。

「あの時はごめんね!なんとかなったよ!」

「それは良かった」

「ほんとごめんね。反省したよ。返事ありがとう」

「元気そうで何よりです」

「それでさ、凄く言いにくいんだけど、、お金貸してくれない?」

いやいやどないなっとんねん。

なんとかなってへんやんけ。

どうしようもない奴だし、金も貸してあげないと答えたので、これが2度目の今生の別れになるんだろう。きっと本当にお金に困っていて、次は何とかならないかもしれない。その結果を僕が知ることもないのだろう。

でもそれでいいやと思えた。何も解決してないし、以前と同じことの繰り返しだし、成長も何もないのかもしれない。けど、最後じゃなかったんだ。連絡をくれたことに、少し安心している自分がいた。金を貸さなかったことに少しは罪悪感があったのかもしれない。

また連絡しておいで。お金貸してよって申し訳なさそうに言っておいで。きっと貸してはやらないけどさ。そんな関係があってもいいじゃないか。そう思うことにするよ。

「またね」

と返事して、肩の荷をおろした。

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