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自叙伝【孤独】転校生

父親が失踪して、今まで家族で住んでいた家に住むことが出来なくなった私たちは、母の実家に引っ越しをすることになった。

もともと入学した小学校の記憶なんか今ではほとんどない。
幼稚園が一緒だったような子も居たはずだけど
今となっては…  

それもそうだ
1年生で入学して、1か月で転校する子なんか実際聞いたことがない


転校の日、学校が終わると
校舎の外に母親が居て、みんなと写真を撮ったり
プレゼントの交換のようなことはした気がする。

こうして私たちはこの町を離れた。

父親の失踪に伴って、父の会社で働いてた人たちに給料を支払った
出せるお金をかき集め、家を手放し
最終的には、1800万の借金が残ったと聞いた。


私がある程度の歳になってから聞いた金額だったけど 驚愕しました。


私たちは、親戚に頼り
無事引っ越しをすることが出来た

久しぶりの、祖父母…
嫌いではないのだけど、如何せん 頻繁に会うわけではなかったので
緊張が大きかった記憶。

それでも、私たちが
小さいころを生きて居られたのは祖父母のおかげなんだろう、と、思えるくらいには、お世話になった。



祖父母の家には、田舎の小さな町にあった。
周囲には、山。山々…川!

ちょっと、家からでたら歩道にザリガニが歩いている。
本当に田舎なのだ

祖父母の家の敷地には、離れがあって私たち親子は
離れを使わせてもらうことになった。

言っても寝るためだけの小屋のような家で、基本的に
食事などは、みんなで一緒に。という生活になった。


話は少し、それるが  祖父母の家に引っ越ししてすぐから、母親はすぐに働き始めた。
今までは、お店に居るか家にいる いわば…社長夫人だった母親だが
飲食店で働き始めたのだ。

母親が、1日中働いて、家を空けることを祖父母は良くは思っていなかったようで私たちは、食事の時間以外は
離れに居ろと、遠ざけられるようになっていった。

この時私は、6歳。
下には4歳の兄弟がいた。食事を済ませてから学校の宿題に取り掛かるのだが…電気をつけることを、祖父母に禁止されていたので
月灯りを頼りにやっていたので 次第に宿題も嫌になっていった。

私自身の、言い訳でしかないのだが
宿題は、忘れました。これが、私だったのだ。


先生も、とことん呆れて居ただろう。でも…家の電気をつけては行けない言いつけがあることを言ってはいけない気がしていた。

言えなかったのではなく、言いたくなかったのかもしれない。

夜は、母親が帰宅するまで、小さな声で歌を歌ったり
月灯りで影絵遊びをして過ごしたのだ。

さて、小学校の話に戻るが…
私は当時、転校した。というのがすごく嫌だった。

初日…クラスに案内され みんなの前で挨拶をしろ。と、言われる

出来るわけがない。
1年生だぞ  なんの、練習もないのに…できるはずがない。


制服だって、間に合わず 一人だけ私服なのだ。もっと、嫌。

クラスには馴染めるわけがない。
おとなしい子、つまんない子。しゃべらない子と、認識されると誰も近寄ってこないのだ。


数日後、もっと嫌なことが起きた。

全校生徒の前で挨拶をしなくてはならない。全校集会というものがあったのだ。嫌だ。嫌すぎる…


私は、逃げたのだ。
先生が 私を探す。私は教室の教卓の下に隠れた。
全校集会がざわついてるのを、私は教室から見ていた。

そんなことをして、怒られないはずがない。


散々怒られて私は学校が とことん嫌いになった。


そして、私を嫌うクラスメートが出てきた。
今考えたら、気持ちはわかる。

宿題をやらない子
いつも先生に怒られてる子。


お父さんが居ない子。

私が、逆の立場なら みんなと同じように思ったかもしれない。

次第に、 あの子と一緒には遊ばない。
親に、遊んじゃダメ。って言われた。  そんな風に言われることが増え
私は、孤独を感じ始めたのだ。




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