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「ぶちうまい!」ってなんだろう?

ああ、シマヤの味噌じゃろ。
と、津田恒実さんのCMを思い出したあなたは同郷の方ですね。

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「うまいなあ」と思う食べ物があると思います。いつもおいしくて、誰にでも勧められる味。

それとは別に「ぶちうまい!」「なんだこれは!」という異次元の味に出会ったことはありませんか? めちゃくちゃおいしいけど、「うまい」の上級版とは違う、「うまい」の概念を超えたもの。

「うまい」は、肉の旨味が、出汁の味が、麺の喉越しが等々、なにがおいしいのかなんとなく表現できます。でも、「ぶちうまい!」は説明できません。それは、言葉や考えを寄せ付けません。自分が何に感動しているのかすら「理解できない」のです。

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いままででもっとも衝撃的な「ぶちうまい!」は、うどんでした。
麺を口に入れたとき、「うまい」「おいしい」という言葉の無力さを知りました。それを表現する術がないままに、ただ、夢中でかき込むだけでした。

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この「ぶちうまい!」の正体は何でしょうか?

ある食べ物に感動する。それには、個人の好みやその場の状況、タイミングなども大きく関係するでしょう。でも、それだけではないようです。
「ぶちうまい!」を感じさせてくれるもの、お店には共通点があるのです。

ある共通点。
それは、『味が安定していない、あるいは変化している』こと。

なぜ、不安定なものが、時として感動を与えてくれるのでしょうか。

ひとつは『飽きさせない』ということかもしれません。
人は「慣れる」のです。はじめて食べた時の感動的な味も、何度も食べれば説明可能ないつもの味になります。同じものが「いつもうまい」はできても「いつもぶちうまい!」は無理なのです。

もっと根本的な理由として『思い通りに作られたものは面白くない』というのもあるのではないでしょうか。写真のひみつの話にも出てきましたが、この考えは料理にもあてはまりそうです。

味が不安定ということは、作る人が「自分の思い通りには作っていない」、つまり、料理に遊びがあるいうことです。どんなに努力して新しい味に達しても、人が想像する範囲を超えるのは簡単ではありません。食べる人の想像を超え「ぶちうまい!」になるには、作り手の想像も超えなくてはいけません。そのためには、自分以外のなにかの力が必要なのです。

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「ぶちうまい!」は「新しいものに出会った喜び」です。

「新しいもの」とは「はじめての味」だけではありません。理解を超えたものに対して戸惑い言葉を失う、そういう「未知の感覚」も「新しいもの」です。「新しいものや感情に出会う」ことは生きることの喜びそのものです。

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もうひとつ、少し違う角度から考えてみましょう。

『人はもともと不安定で不完全なものが好き』なのでは?
逆に言えば「人は安定したものを好きになれない」のです。とても根源的な感覚として。
宇宙は絶えず変化しています。わたしたちのまわりの環境もそうです。だから、世界はいつもどこかが不完全で不安定です。もし生き物が「安定」になって、変化をやめてしまったら、周囲の変化に適応できずに滅びてしまうでしょう。わたしたちは不安定で、変化し続けなくてはいけない存在なのです。

だからこそ、意識しないところで「不安定なもの」「変化していくもの」を肯定し、それに惹かれるのではないか。そんな気がします。

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いずれにしても、「ぶちうまい!」を作る人たち自身はそんなことを意識せず、純粋に自分の味を追求し、料理を楽しんでいるのだと思います。新しいものを追い続け、心が「歌って踊って料理する」ことで、想像を超えたものを生み出しているのでしょう。

お気づきの方もおられると思いますが、「うまい」と「ぶちうまい!」の違いは、以前書いた話の「枝」と「花」、つまり「科学」と「芸術」の違いと同じです。

「うまい」は「科学」、「ぶちうまい!」は「芸術」なのです。

追記
見出しの写真は「ぶちうまい!」を最初に知ったお店、広島の「チャテオあくさん」(学生時代にバイトをしていたお店)のマスターです。マスターはいつも新しいメニューを考え、それを楽しんでいました。料理に真摯な一方で、細かいところはけっこういい加減だったりします。今思えば、そうやって「思い通りにしない」ことが「想像を超えたもの」を生み出す秘訣だったのでしょう。神様に手を貸してもらうためには、隙を作ることも必要なのです。
文中にでてきたうどんは、松山の「踊るうどん永木」(近所にあったお店)の初代大将のものです。週に1回は必ず行っていましたが、そのたびに違う、生きたうどんでした。大将はスピーカー屋(!)に転身し、お店は実直で安定感のあるうどんを打つ2代目に引き継がれました。平均点で言えば初代と2代目の間に差はなかったと思います(2代目のうどんもとても好きでした)。でも、「ぶちうまい!」は初代だけのものでした。
あくさんのマスターと永木の大将、ふたりの料理から「人が感動するしくみ」について大事なことを教わった気がします。(どちらのお店ももうありません)

「科学」と「写真」を中心にいろんなことを考えています。