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芸術とは何か?:三平汁と海の色
流氷で有名な紋別は、もちろんわたしにとっても「流氷の街」です。そこにはかつて北大の流氷研究施設があり、いまでも毎年、流氷の国際シンポジウムが開かれています。
でも、「流氷を見たい」という人に紋別行きをすすめるのは少し躊躇します。流氷を見るなら網走か知床のウトロに行く方が確実だからです。紋別は素敵な街ですが「お前のせいで流氷が見られなかった」と言われるのは本意ではありません。
では「紋別にしかない魅力」があるとすればそれは何でしょう。わたしの答えは決まっています。「酒場」です。街の中心部にある「はまなす通り」、こんなにもイメージ通りの「北の酒場通り」がほかにあるでしょうか?(細川たかしさんも感激するに違いありません)
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わたしの大好きな「ばんちゃん」は「はまなす通り」の端の、少し奥まったところにあります。おかみさんが一人で切り盛りする、ちいさなお店です。
2月、ちょうど3年ぶりに訪れた紋別。
日が落ちるのを待って「ばんちゃん」に向かいました。なつかしい赤い提灯に光が入っていることを確かめてお店の引き戸をあけると、おかみさんがカウンターに座っています。
「やってますか?」
「うーん、じゃあ、あけようかな」
聞けば、コロナで客足が減り、持ち帰りのカラアゲだけの販売にして、しばらくお店をしめていたとのこと。
「食べたいものはある?」
「何がありますか?」
「魚はホッケとナメタくらいだね」
「じゃあ、あるもので。あと、熱燗を。」
名物のカラアゲが揚がるまでの間に、酢ガキとカスベの煮付け、そして三平汁が出てきました。
そう、三平汁。
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「ばんちゃん」の三平汁を口にすると、多くの人が声をだしてしまいます。
それは「ああ..」という言葉にならないものであったり、シンプルに「おいしい」だったりします。でも、いつも使っている「おいしい」では、その味をうまく表現できないことにもどかしさを感じるはずです。
それは、ただ「おいしい」と素通りすることを許さない味です。
お酒を飲む手が止まり、思考が一度止まります。
その味が自分の心を揺さぶっていることがわかっても、それを表現する言葉がみつからない。
…この感覚は何?
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紋別の港には観光用のタワーがあって、水面下から海の中の様子を見ることができます。「ばんちゃん」のおかみさんは、1年間、毎日そこに通ってみたそうです。
「観光で来た人がたいしたものが見れないって言うから」
「でも、毎日見てるといろんなものが見れるのさ」
「そして、海の色は毎日ちがうの」
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以前、三平汁のおいしさの秘訣を聞いてみたことがあります。
「いつもと同じように作っているだけ」
これ見よがしにしっかりと味の染み込んだ大根ではありません。素材の味の上品なハーモニーという表現も的確ではありません。むしろ、素晴らしい調和の予感のような味、未完成な味です。
だからこそ、恋に落ちたはじめの頃のような、我を忘れさせる味なのです。
それは何十年もお客さんと向き合ってきた人、一年間海の色を見つづけた人にしか出せない味なのかもしれません。
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カラアゲとポテトサラダを食べ終わったあとで、三平汁のおかわりをお願いします。この一杯が発する問いかけと予感を、少しでも長く心に留めておきたくて。
「わからない」
その感覚を忘れないために。
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もし「芸術とはどういうものだと思いますか?」と誰かに訊かれたら、わたしは「こういうことがつまり芸術なんです」と答えるでしょう。わたしにとって芸術とはそういう存在なのです。少し長くなってしまいますが、正直に言って、わたしは芸術についてのこれ以上に有効な定義を持ちあわせていません。
最後の一節は、ジャズとはどんなものかについて書かれた村上春樹さんの「ビリー・ホリデイの話」の終わり部分のつくりを拝借しました。
「科学」と「写真」を中心にいろんなことを考えています。