夜の入道雲
家に帰ってくるなり質問ぜめ。
そんな思いがけないお楽しみが週に3回はある。
3歳の娘は手のつけられないお天気みたいに僕ら家族の真ん中で旗を振り、僕は喜んでついていくんだ。どうなるかわからないことの中に思いがけない幸せがあるから。
「おとうさん、入道雲ってなあに?」
帰るなり、3歳の娘は僕の手を握って離さなかった。
僕は台所に行ってカバンを下ろし、片手でコップに水をため飲み干した。
「ねえねえ、入道雲って昼間の雲? 夜の雲?」
「お父さんのおへそから出てくる雲だよ」
そう答えてにこにこしていると、娘はじっと僕を見つめて言った。
「だして。入道雲」
僕はこてんと床に倒され、コチョコチョおへそを指でこねくり回される。「うひゃあ」とか「やめてー」とか、そう口にすればするほど娘の攻撃は激しくなり、僕はすっかり満ち足りてしまう。子どもって、どこで人を幸せにするための方法を学ぶんだろう。鉛筆握らせて教えたわけでもないのにね。
「入道雲、おしまい」
僕が笑いながらシャツを下ろすと、娘は納得いかなそうにこう言う。
「夜にお風呂で出して。おならみたいに」
「しょうがないなあ」
僕は言った。
「お母さんにはないしょだよ」
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