3歳の椅子
影が二つ並んで、僕らの後ろをついてきた。
ひとつは子ども。
もうひとつはお父さん。
僕が手を上げると、お父さんの影も手を上げる。3歳の娘が僕に寄り添うと、子どもの影がお父さんのと重なって離れない。磁石みたいだ。決して狂わない愛が仕込まれてる。
僕と娘はいつもの道を帰るところ。ふたつの影は幼稚園の通園リュックを背に、あの家のドアを目指す。今頃、台所ではポップコーンがポンポン弾けてるぞ。うちの奥さんが娘には内緒で目配せしてたから。
あのね、ひとりでトイレしたの。
みずだってながせるのね。
すいとうのふたも、おとなみたいにあけたよ。
「もう3歳だからなあ」
僕はすっかりいい気分になって、娘よりも大きな声で言った。
「いいなあ3歳。3歳ってすごいねえ」
「おとうさんも3歳になりたい?」
なんて言ったらいいのかわからなかった。
影は夜が待つほうへと引き伸ばされ、コツンコツンと僕らの足音だけが空の下で響いてた。ケンタッキーの前でカーネルおじさんがにっこり微笑んでる。
僕はきまりが悪いまま娘の頭をなでて「お父さんも昔3歳だったんだよ」と、口の前に指を一本立ててみた。「お母さんには内緒」
娘は握っていた手をさっと離すと、「この先におじぞうさんがいるのね。はなちゃんっていうの」って。
それだけ言って、僕を置き去りにしてしまう。
通りの向こうへと、小さな子どもの影が駆けていく。
僕はそれをぼんやり見つめ、なんだか恥ずかしくなってしまった。
3歳ってどんなだっけ。
もう二度と座れないその小さな椅子の上に、僕は何を置き忘れてきてしまったのだろう。
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