夏の終わりの50分間
夕焼け空は赤く染まって「おーい」って誰彼かまわず呼びとめていた。道行く人はどうしてもその色を手に入れたかったのをたった今思い出したかのように人生を中断する。まるで、そうしなさいと自分に命じるように空へと顔を上げた。
僕ら三人家族は、手をつなぎ合わせて歩道の上に並んでいた。
どうしても見上げてしまうから、蚊がいたってまあいいよ。今なら、この血の赤は夕焼けと同じ味がするだろう。僕は握り合わせた手を離さなかった。
「あのね」と3歳の娘が言った。
両方の手のひらを僕ら夫婦につながれてこう言った。
「お空が日焼けしてる」
「そうね」
と、うちの奥さん。
「夏も終わりだから」
と僕。
娘は小さく手を振って、「お空も夏さんもバイバイね」とサンダルを鳴らした。
それから三人は暗い四つ角を曲がって、いつもとは違う道で少しだけ遠回りして帰る。もう空は薄暗いだけのスクリーンで、もちろんエンドロールなんて流れっこない。今日という一日には監督もなければシナリオもなくキャストもないから。もしあるとすれば、それは今日を生きるわたしの意志だけだから。
僕らは家の中に小さな火を灯して、布団に娘を眠らせる。
「このろうそくの火が消えたら」
と僕は言う。
「お空が守ってくれるね。優しく起こされたら、それが朝だよ」
わけもなく、ただそうしたくて。
頭をなでてやった。
小さな子どもの瞳の中で、ろうそくの火が白い煙に変わる。
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