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華麗なる平民

 「お母さん、映画に行くからお金ちょうだい。」

 私がそう言うと、ドラマを見ていた母親が、そこから取っていきなさいと言う。

 私はお金室に入り、億束の椅子に座る。そこから百万円の札束を取り出し、一万円札を抜き出す。財布も持っていない私は、誰の指紋もついていないような、真っ直ぐで美しさすら感じるその一万円札を雑にポケットにしまった。

 何世紀遊んで暮らしてもお釣りが帰ってくるような、それほど莫大な資産を私の親は所有していた。しかし、私たちの暮らしは、同級生のたーくんやさっちゃんとなんら変わりなかった。

 私の父は真面目なのか変わり者なのか、今でも会社に勤めている。重要なポストを任されているらしく、朝から晩まで忙しなく働いている。

 私の母は服やブランドにそれほど興味もなく、家にいる猫二匹と遊ぶことが何よりも大切で幸せだと言う。母が百均の猫じゃらしを振り回している横で、背丈ほどの高さのある札塊が崩れるのは日常茶飯事だ。

 私自身、少々我儘なところはあるかもしれないが、決して無駄使いはしないし、それでもって何不自由ない生活を送れている。

 生まれた時から、この世の全てが自分の思う通りであると、かえって不自由を楽しみたくなるのだ、と私は思ったが、金額も見ないで買ったハンバーガーセットを頬張っている私には、何の説得力もないなと、それでも深くは考えずコーラを一気に流し込んだ。

 そろそろ映画の時間だ。私は食器を返しに立ち上がった。そこで、私自身のことを映画にしてみたら面白いのではないか、と思ってみたりしてみたが、結局私はそれ以上深く考えることなく、このままのんびり死んでいくんだろうなと、脳みその片隅で薄ぼんやりと思った。

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