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【本とお酒の日記②】行きつけの居酒屋に憧れて(川上弘美『センセイの鞄』)

蛸しゃぶ、というのだろうか。薄く透けるようにそいだ蛸を、たぎった鍋の湯にひらりと落とし、浮いてきたところをすかさず箸にとる。ポン酢をつけて食べると、蛸の甘みと柑橘類の香りが口の中でとけあって、これはまた玄妙な味わいである。

川上弘美『センセイの鞄』新潮社

初めてこの作品を読んで以来ずっっっと憧れている「蛸しゃぶ」。
花びらのように薄くそがれた蛸が、サッと色を変える情景が浮かびます。
やっぱり合わせるお酒は日本酒でしょうか。
ビールもいいかもなぁ。

私の「飲酒スイッチ」を刺激する小説NO.1といえば、川上弘美さんの『センセイの鞄』。

37歳のツキコさんがひとり通いの居酒屋で、「センセイ」こと高校時代の恩師と再開したことから始まる、2人の淡い関係性を描いた作品です。

この関係性が素敵なんですよね……
行きつけの居酒屋。夏は冷酒にビール、冬は燗。お酒に合う美味しそうな肴の数々。
そして、それをつかず離れずの距離感で共に嗜むツキコさんとセンセイ。

大人の恋愛?と言うよりは、清らかな、居住まいの正しい飲み友達の延長線上、とでも言った方がしっくりくる、そんな関係性。

2人の静かな関係性と、日常と非日常のあわいのような日々を軸に物語は紡がれます。
そして、そこに華を添えるのが、お酒シーンの数々。
「『塩らっきょ。きんぴら蓮根。まぐろ納豆』」
「センセイはさらしくじらの最後の一片にしずしずと酢味噌をからめ……」
などなど、あ〜お酒が飲みたい……!と思わず唸ってしまう描写が並びます。

美味しい肴とお酒。そしてお酒を飲んでいる時に流れる時間のように淡く、しかし色濃い日々。
憧れに、ため息が漏れてしまいます……。


気づくとふらりと足が向いてしまう、センセイのような存在がいる、そんな「行きつけの居酒屋」が私もほしい。
読むたびにまだ見ぬ「行きつけの居酒屋」に恋い焦がれる自分に気づくのです。

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