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#毎週ショートショートnote【ダウンロードファーストクラス】

 ビエーレ・マクビザは階級によって人々は制限され、そして守られて暮らす国である。

「カヌガ!茶を入れてちょうだい!」

マミーが言うのでカヌガはひりひりと痛む尻をさすってポットを取りに向かう。先ほど軽い失敗をしてマミーにひどく怒られてしまったのだ。
最近のマミーは少し怒りっぽくて、欲のままに食事や菓子を用意させるし、すぐに寝てしまうし、何だかわがままさが増していた。

ともあれカヌガは慣れた手つきで湯をなみなみ注いだポットを抱える。マミーが怒らぬような優雅な手つきで。昔は重たくてしょうがなかったこのポットも、明日成人するカヌガにはかわいらしいものになっていて、頭の悪いカヌガでもその事実には何だか哀愁を感じていた。
 
 すーと寝息が聞こえてきて、そっとカヌガはマミーの顔を覗き込む。紅茶を飲み、茶菓子をむさぼった彼女は満足したのか寝てしまっていた。明日でまるまる13年、カヌガはこの女主人に仕えていたが、特にこれと言ってこの女に対する恨みはない。それがこの国の仕組みであり、普通であったから。
カヌガは馬鹿で木偶だが、ほかの召使階級のサードクラスに比べて好奇心が強かった。だからちょうど一年前からカヌガはマミーの青い薬を飲み続けていた。それを飲むと何だか視界がはっきりとして、脳みそが動くのだ。
そしてもうひとつ、カヌガ達召使が飲まされていた赤い薬があったが、それは捨てておくか、カヌガは馬鹿で好奇心が強いからその赤い薬をマミーの紅茶に忍ばせて飲ませていた。赤い薬を飲むと、マミーは横暴で子供のようになる。それがカヌガには面白くてたまらなかったのだ。
 
 カヌガはこれまで一切関心の向かなかったマミーの本棚が最近はすごく気になって、よくこうしてマミーが寝てしまった時に盗み読んでいた。今日はついにあの錠のついた本を読む。自分が成人する前にあれは必ず読むのだと決めていた。錠を開けるカギはマミーの机、三番目の引き出しの板のめくれる部分の下に隠してある。
カヌガはもう一度マミーが寝ているのを確認して、カチ、と錠を開ける。本の題名は「ファーストクラスがファーストクラスであるゆえん」。体内の血が熱くなるのを感じてカヌガは急いでページをめくる。これがこの前の書籍に書いてあった"知的好奇心"であろうか。

〈…このピエーレ・マクビザ国に存在する強固な階級は、実のところ薬物による産物であることはこの本を読む諸君らには明確のことであろう。…赤き薬は召使階級・サードクラスに服用させ、その脳の大きさを未就学児程度でとどめ維持させる。対する青き薬はファーストクラスの我らが毎日服用することで、永い命と健康、美、そして叡知を授けるものである。……過去に一度だけこの社会システムでも過ちが起きてしまった。サードクラスの女が一人、青き薬を服用したことで意識と自我が覚醒し、我らファーストクラスに並ぶ存在になったのである。女は我らの秘密と知恵を身に付け、自らのものとした。
私はこの事件をコンピュータ時代(1940年~2100年代)先人らの言葉である、”ダウンロード”(ホストコンピュータのデータを自らに転送すること)を用いて、ダウンロード・ファーストクラス(事件)とする。ここにおけるホストコンピュータとは我らファーストクラスをさし、サードクラスの女が我らのデータを盗みとったという意味合いであることを但しておく。
なお本書はこの事件の因果と再発防止を目的とした研究成果論文であり…〉

カヌガは本を閉じた。
カチャリと音が鳴ったのは本の錠か、あるいはカヌガの中の何か、なのかはまどろむマミーにわからなかった。

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