#毎週ショートショートnote【ブーメラン発言道】
栗色に近い、結わえられてまとまった髪の毛が、彼女の歩くのに合わせてリズムを刻む。夕日に照らされて、心なしかいつもよりその色が薄い。
自転車は、新しい制服に着られた彼女の体には大きすぎて、なかなか操作が難しそうである。
チャチャチャチャチャチャ…と車輪の回る音が僕と彼女の間に落ちてゆく。
「ねぇ、どうすればいいと思う。」
彼女が少し低い声で言う。クラスの男子にはあんなに高い声でしゃべるくせに、僕と2人きりになるといつもこうだ。
「声、かわいくな。」
「あんただからいいんだよ~。で、どう思う?脈あると思う?」
頭上でカァ、とカラスが鳴いた。
「カラスくんが脈ありって言ってるよ。大丈夫、大丈夫。」
ふざけるな、とハンドルから手を放して僕の肩をぶつ。正直何も痛くはないけど、条件反射で「痛っ」と出てしまった。
彼女は勝ち誇った、満足そうな笑みを浮かべている。
彼女の釣り目の目じりがほんの少し下がって、丸っこい眉が上がる。形のいい薄桃色の唇が弧を描いて、歯と歯茎が顔をのぞかせた。
僕の幼なじみは、笑うと、かわいい。
笑うと、ね。
「あ~、裕也に何となく聞いてみたけど、お前のこと可愛いって言ってたよ。 まぁ好きかは知らんけど、とりあえず告ってみればいいじゃん。 やらん後悔より、やって後悔。当たって砕けてこい。」
「いや、なんで砕ける前提なんだよ。うざ~。」
また頭上でカラスがひと鳴きした。
チャチャチャチャチャチャ…と自転車が転がる音がしたような気がして僕はあぜ道を振り返る。
もちろん後ろには誰もいない。
こんな人通りのない道をほかの学生は通らない。
僕と彼女だけの、2人専用の帰り道だ。
カァとカラスは相変わらず鳴いていた。
栗色のつやのある髪を思い出す。
白く小さなこぶしを思い出す。
僕の隣を歩いた体温や、
香りや、
まだ整っていなかった眉毛に、
そばかすのあった頬に、
ぶかぶかの制服を思い出す。
今では、彼女は別の制服を着ていて、僕も彼女のとは別のものを着ている。
15年一緒だったのに、
あっという間に疎遠になって、
もう彼女は僕の隣にはいない。
僕は何度も伝えようとして、伝えようとして、
でも怖くて怖気づいて…
気が付いたら同じ道でいつか彼女に言った言葉が、僕にも同じように降りかかってきていた。
また、カラスがカァと頭上で鳴いた。
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