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誕生日のロールケーキ

おそらく4歳か5歳のころ。
誕生日には近所の同じ年頃の子どもたちを家に招待して、ささやかなパーティーをするのが、そのころ住んでいたあたりでは通例だった。

当時はまだケーキ=いちごのショートケーキという認識だった時代。
家での誕生日パーティーも、母親が用意したカンタンな料理と、買ってきたいちごのショートケーキでお祝いするのが定番だった。

パーティーが始まる前、出席してくれる男の子に「ケーキあるよね?」と聞かれた。
ちょっと迷ったけれど「あるよ」と答えた。

迷ったのは、母が用意したのがショートケーキではなく、ロールケーキだったから。
ごく一般的な中流家庭で、経済レベルも近所の家と変わらなかったと思うが、母は当時から今に至るまで、呆れるほどの倹約家なのだ。
父は仕事帰りに時折ショートケーキを買ってきてくれることがあったし、バースデーケーキを買えなかったわけではないと思う。
おそらく母は、まだ小さな子どもたちにはロールケーキで十分だと思ったのだろう。

男の子には「ケーキないじゃん」と言われた。
子どもながらに傷ついた。

それから何十年も経ち、思い出すことはほとんどなかったけれど、『ニシノユキヒコの恋と冒険』(川上弘美著)を読んでいて、父親が買ってきたバースデーケーキがおいしくないという話のところで、私が小さかった頃のできごとが頭に蘇ってきた。

『DIE WITH ZERO』という本を今読んでいる。
将来や老後のためにお金を貯めることばかりを考えず、ある程度の年齢になったら年を取るのを待たずに、経験のためにお金を使うべきだと主張している。

子どもたちが親元を離れて、これからどう過ごしたいかということが夫婦の会話によく上るようになった。
必要以上に貯めこむよりも、好きなことにお金を使うほうが有意義だと考える私たちには、背中を押してくれる内容だ。

この本では、もう少し若くて子育て真っ最中の世代は、お金を稼ぐことや貯めることに時間をかけ過ぎずに、子どもと過ごす時間を大切にするべきだとも述べている。
たしかに私は母が極度の倹約家だったので、さみしい思いをしたことも多かった。
今でも母は『DIE WITH ZERO』とは真逆の生活をしている。
「少しは楽しみにお金を使ったら」と言ってみても、聞く耳は持っていないようだ。

考え方はいろいろで、どんな生活スタイルが合っているかも人それぞれだと思う。
母は節約して暮らすほうが心地よいのだろう。
倹約家という一面は、幸か不幸か私は受け継いでいないようだ。
ちょっとした節約のために、幼いころ小さく傷ついたことを考えると、私にはお金を貯めるよりも大切なことがあるような気がしている。

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