見出し画像

米国プリンストン大学、真鍋博士のノーベル物理学賞受賞が意味すること。

ノーベル財団は10月5日、プリンストン大学の真鍋博士に対して気候の物理モデル化、変動の定量化と信頼性が高い地球温暖化予測に関する功績により今年度のノーベル物理学賞を授与すると発表した。

真鍋博士は1958年にワシントンの招きでアメリカに渡り、プリンストン大学に移る前にまず国立気象局のメンバーに加わった。アメリカ側の狙いは、当時まだ黎明期にあった大型演算機の開発において気象予測を応用分野として利用することであり、また博士自身も、東京大学の博士過程にいた早い時期から地球物理学の探求のために大型演算機が必要となることを意識していた。

その博士が、プリンストン大学で行われたノーベル賞受賞決定後の記者会見で大変興味深いことを語った。アメリカでは政治は大変に複雑で予想し難い。政治だけではなく社会も大変に難しい。気候変動には人間の営みのあらゆる問題が複雑に関連している。気候変動の予測も簡単ではないが、政治ほど予測が難しいものはない。また、アメリカでは政治と科学者との対話が十分になされており、国家として科学技術振興のために具体的にどの分野に資金を投入すれば良いかの意思決定が効果的になされている、と語った。

博士の言葉通り、当時のアメリカで気象解析用途を含め大型演算機の開発に国家として資金投入すべきとの方針が確立されていた。まだ汎用コンピューターが行き渡っていなかった当時、これだけの設備が整った研究環境は他には考えられなかった。博士は、4億年前の時期の地球までさかのぼって気候変動を解析してきたと記者会見で語った。

しかし、博士の研究発表を反映する形でまとめられたIPCC(国連気候変動パネル)の最初の評価報告書からすでに31年経つが、アメリカでは一時的に脱炭素の動きが止められ、その影響で気候変動問題に対する取り組みが世界的に遅れをとることにもなった。それはなぜか。

アメリカでは、すでに前世紀の段階から全土に渡り劇的な気候変動が起きている。年々巨大化するハリケーンや頻発する山火事や竜巻など、明らかに状況は悪化するばかりだ。しかし、広大な大地が広がるアメリカでは、都市部を除けば人口密度が低い地域や未居住地域が多い。未だ新世界の地に開拓で入植した頃と変わらない社会の雰囲気が広がっており、それがアメリカという国を、この地に移住する以前に人々が暮らしていたヨーロッパ社会と区別する、一つのアイデンティティーになっている。

真鍋博士は記者会見で、気候変動の話がエネルギー等の人間の営みに関連する事柄になった途端に議論が複雑化されてしまうと語った。筆者自身、アメリカでアリゾナやニューメキシコといった広大な土地が広がる地域で再生可能エネルギー案件を中心に仕事をしてきたが、実は都市部地域を除くアメリカの配電インフラは非常に貧弱である。

そうしたアメリカでは典型的な地域で暮らす大多数の人々にとって、過酷なインフラ環境の中では生活をいかに維持するかということが最優先事項であり、それ以外の事柄に関心を持つ余裕はないのが実情だ。

アメリカでの再生可能エネルギーの活用も、そうした貧弱なインフラへの補完的な電力供給の手段として、且つ、いかに低コストな手段で実現できるかという観点で捉えられてきた。従って、その導入に伴うコスト補填や、気象変動予防という全人類的な目的達成のためには、本来的に政治の力による政策推進が重要になる。

ところが、そこで政治が関与してくるとまさに真鍋博士が言うように全てのプロセスが複雑になってしまう。連邦レベルで意欲的な再生可能エネルギー導入計画を立てても、各州レベルでそれに呼応する政策推進が行われなければ、実際の計画推進力とはならない。また、電力政策には長期的な継続性が重要だ。

アメリカではオバマ政権の時代から、再生可能エネルギー導入が順調に進んでいるとは必ずしも言い難いのが実態だ。特に難しいのは、電源構成のエネルギーミックスをどのようにしていくかという、各州レベルで電力会社を含めたコンセンサス作りだ。

こうした政治的ギャップに目をつけて大統領選挙で得票を伸ばしたのが、実はトランプ氏だった。トランプ時代のアメリカは、大統領の出現と引き換えにパリ協定からの離脱と野放しな炭素燃料使用をもたらしてしまった。

アメリカには真鍋博士のような科学研究のパイオニアやテスラのようなベンチャー企業を生み出す活力があるが、人々が暮らしている実際の社会としてのアメリカとの間には大きなギャップが存在している。

折しもパリ協定に復帰したアメリカは、バイデン政権の元で積極的な脱炭素政策を打ち出した。ヨーロッパのように比較的狭い地域コミュニティーが組み合わさって出来上がっている社会であれば、そこに住む人々がコスト負担をしながら政治が再生可能エネルギー導入を後押しすることを人々は支持するだろう。

しかし、それとは異なる性格の社会で構成されるアメリカで脱炭素を実効的に進めるにはどうすれば良いか。そのためには、科学者だけではなく社会学者や経済学者も加わりアメリカの実情に合ったメカニズムを構築していく必要があると思われる。

真鍋博士をはじめとする気象学者が設定する温度上昇抑制目標と、そこから導き出される脱炭素目標、その達成のための有効なメカニズムのそれぞれがうまく合致することで、アメリカにおける脱炭素社会への実効的な進展が見られるようになるのではないか、筆者はそのように考えている。

(Text written by Kimihiko Adachi)

(C)_Welle_Kimihiko Adachi_all rights reserved_2021(本コラムの全部または一部を無断で複写(コピー)することは著作権法にもとづき禁じられています。)


 


最後までお読みいただきありがとうございます。