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米国バイデン政権、The Summit for Democracyについて。

米国バイデン政権は先週木曜日と金曜日の2日間にわたり、110ヶ国の首脳を招待しオンライン会議The Summit for Democracyを開催した。会議は、バイデン大統領の開会のスピーチで始まり、ブリンケン国務長官、イエレン財務長官、国務省関係者がモデレーターとなり、世界各地域を代表する首脳クラス、政治活動家、独立系ジャーナリストらがパネリストとなり、専制主義への対抗、腐敗との戦い、人権擁護の推進を中心テーマとして議論が行われた。米国にとって、こうした会議は過去にない初めての試みである。

バイデン氏は2019年に自身の大統領戦キャンペーンを開始するにあたり、打倒トランプ氏と同時に、外交戦略として国際社会における毀損されたアメリカのイメージの回復を中心においた。従来築き上げてきた民主主義的な価値に重きを置くアメリカのイメージがトランプ政権により壊され、それが世界に専制主義の広がりを招いたと訴え、同様に専制主義を志向するトランプ政権が同盟国との外交関係を損なった、とトランプ政権を強く非難した。そしてバイデン氏は、自身が政権についた暁には、アメリカの本来のイメージを取り戻し、民主主義を最重要な価値基準とする外交戦略により同盟国との関係も修復すると訴えた。

今回のサミットはこの大統領選キャンペーン時からの構想を具体化したものだと言って良いだろう。したがってその目的は、世界に対してアメリカが再び民主主義を価値主体とした外交関係を推進し、そのためのモメンタムを諸外国のパートナーと再構築して広げていくということだと思われる。そうした意図を反映し、米国が表明した会議目的としての公式のメッセージもデモクラシーの再構築だとしている。そして、その真意はかつてのアメリカのように上から民主主義を各国に押し付けるものではなく、諸外国と共に考え行動するという意思であると取れる。

ここで注意しなければならないのは、現在のアメリカの政治状況がバイデン氏が大統領選に出馬を決めた2019年の時点とは異なってきてしまったことだ。バイデン氏が大統領選を戦い、その結果民主党がホワイトハウスだけではなく、上下両院のマジョリティーを制するいわゆるブルーウエーブも達成した時に、バイデン氏は少なくとも政権交代によりアメリカ政治からトランプ色を薄め、従来のアメリカ政治への方向性をある程度回復できると考えていたはずだ。

ところが大統領選挙の開票に際して、各州ごとの集計結果が発表され、バイデン氏の勝利が発表されても、トランプ氏は選挙は不正だとし、選挙結果を未だに認めない姿勢を貫いている。そして時間が経つにつれて明らかになってきたのは、こうした状況が単なるトランプ氏の独りよがりによるものではなく、明確な強い意志を持った支持層により支えられ作り出されているという現実だった。

トランプ政権からバイデン政権に移行しても、強固な支持層に支えられたトランプ氏は、共和党をトランプ色に塗り替え、共和党支持者がマジョリティーを占めるレッド・ステーツでのトランプ色の浸透を強固に推し進めている。そして米国司法を取り巻く環境も、やはりトランプ政権時に大量の保守派の連邦判事が任命されたことで、トランプ氏の支持層が志向する分断されたアメリカを容認する方向に歩み始めていると言わざるを得ない状況だ。

特に、現在の連邦最高裁の多数を構成する保守派判事は、連邦からの介入はできるだけ控え、州や個人の自由や裁量を広く認める原則を志向していると思われる。こうした傾向が続くと、将来的に共和党の支持層の多いレッド・ステーツと民主党の支持層の多いブルー・ステーツの社会的価値観の乖離が著しく拡大する方向に向かう懸念を排除できない。極端な例えになるが、南北戦争前のような極度に分断されたアメリカが再現される恐れがある。

トランプ大統領以降の共和党の潮流はティーパーティー運動だと言われている。ティーパーティーの中心となっているのが没落の脅威にさらされるミドルクラスであり、その原点がリーマンショック時に明らかになった富の差の拡大とそれがもたらす不公平感だと言われている。ミドルクラスはマイホームや資産を奪われるリスクに直面する一方、金融機関の経営層は経営の失敗を問われることなく巨額の報酬を手にし続けたことなどが、ミドルクラスに大きな怒りを抱かせることになった。そしてリーマンショック後に政権の座についたオバマ大統領も、その怒りを受け止め修復するような手は打つことなく、政治は彼らが抱える脅威から目をそらす状態が続いた。

オバマ大統領が再選された2012年の大統領選挙で共和党候補となったミット・ロムニー陣営も伝統的な共和党のカラーを維持することにこだわり、ティーパーティーとは距離を置いた。その結果、ロムニー陣営はオバマ大統領に敗れた。

そして、ティーパーティーを共和党の支持層として初めて積極的に取り込んだのがトランプ氏だった。加えて、保守的なエヴァンゲリッシュ教会関係者も熱心にトランプ氏を支持した。こうした支持層は、従来の伝統的な共和党がワシントンのインナーサークルで固められており、自分たちが置き去りにされてきたことに根強い不満を持っている。

その不満や怒りが、彼らが熱心に政治運動を行う原動力になっているといわれる。そうした層が支持母体として入れ替わった現在の共和党は、従来の共和党とは全く異なる性格の党になったと考えてよい。そして、その基盤にある思想は従来の政治システムに対する不信であり、それが大規模な行動として発現したのが今年1月6日に発生したトランプ氏支持者の連邦議事堂への乱入事件である。また、現在レッド・ステーツで進行している、連邦の介入から独立した州法の乱発などもその一連の動きの一つと理解できるであろう。

ティーパーティー運動が発生した直接のきっかけがリーマンショックだとすると、その根本的な土壌を作ったのは、レーガン政権時から始まった大規模な規制緩和だろう。深刻な貿易赤字と財政赤字が同時に進行したいわゆる双子の赤字に苦しむアメリカを立て直すために、ミルトン・フリードマンらのシカゴ学派の経済政策を採用したレーガン政権は、彼らが提唱する新自由主義による経済自由化のために、従来からあったアメリカの規制システムを根本から取り去ってしまった。

そのことにより、民間企業は巨大化し、利益を最大化させリストラを多用するための雇用の流動化や、法人税や富裕層への手厚い減税が行われ、それが例えばGEのようなグローバルに肥大化する企業を生み出し、その流れが現在のGAFAなどにつながっている。そうした肥大化した資本主義を支える資本家や経営層は、いつしかロビイングを通じてワシントンで決まる法制度が自分たちだけに有利になるシステムを作り上げてしまった。

経済学的に考えると、フリードマンらの新自由主義をそのままアメリカに当てはめるのには無理があったと言わざるを得ないだろう。規制緩和は必要な範囲で時限立法的な対応を行い、社会保障制度の見直しも肥大化が見られた部分だけに限定して対処すべきであったのだと思われる。新自由主義をそのまま適用するには、アメリカは経済的にも社会的にも規模が巨大すぎて、それが引き起こす負の側面の影響が大きすぎることを当時は予測できなかったのだろう。

現在のアメリカ社会を立て直し、大部分の人々が健全な生活を送れる様にするには、おそらくバーニー・サンダースやエリザベス・ウォーレンといった急進左派が唱える富の再配分を重点的に行い、社会保障制度を拡充し、高等教育費用を含めた若年層の経済的負担の解消などを進めるしかないであろう。こうした政策は、ヨーロッパ主要国ではごく当たり前に実現されており、セーフティーネットの拡充が社会不安を引き起こさないための抑止力になっている。こうした政策は決して左派的なものではなく、中道や右派にも当たり前に共通する基本政策でしかない。しかし、資本家や超富裕層のロビイングに操られた現在のワシントンの政治システムは、問題の所在は理解しても、どうやってシステムを変更すれば良いのかかわからなくなっていると思われる。

バイデン大統領は今回のサミットで、アメリカの民主主義も深刻な危機にさらされており立て直しが急務な状況にあることを自ら吐露し、今回のサミットが諸外国の状況だけを論じるのではなくアメリカ自身もその対象であることを告白した。そして、アメリカで起きている危機の例として、レッド・ステーツで進行する投票アクセスを制限する動きや、選挙区割りを共和党に有利に操作するいわゆるゲリマンダーリングの動きが進んでいることを挙げた。

しかし、こうしたアメリカにおける共和党支持層を中心とする政治的動きは、社会問題に突き動かされた層のその解決手段としての性格を強く帯びているのが実態だ。したがって、こうした動きを民主主義に対する脅威だとして、連邦側から介入を試みれば、逆に強い抵抗を呼びかねないであろう。また、現在の米国司法システムの保守派への偏りを見ると、司法は逆に抵抗運動への肩入れの方向に動き連邦の介入を認めない可能性も排除できない。

バイデン政権は、大統領選挙時のスローガンに従い今回のサミットを開催し、国際社会におけるアメリカの役割とイメージを復活させるというメッセージを発信した。しかし図らずも、アメリカ国内で抱える問題が複雑で長期にわたる懸念を、世界各国に再認識させることにもなったといえる。

(Text written by Kimihiko Adachi)

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