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米国政治、2022年中間選挙に向けた動き。

先日、筆者の米国アリゾナ州の知人がこの夏に共和党から民主党に党籍を変えたことを知り、アメリカ政治がかなり変容していることを痛感した。この知人はアリゾナ選出の共和党上院議員故マケイン氏の大統領選キャンペーンなどを担当し、長らく共和党員だったが、トランプ氏の影響で先鋭化する共和党を取り巻く環境に見切りをつけ、民主党からアリゾナでの今後の政治活動を続ける意向のようだ。

アリゾナ州は、長らく共和党重鎮マケイン上院議員が地元としてきた州であり、夫人も地元有力ファミリー出身であることから、まさに共和党本流のマケイン王国ともいってよい州であった。ベトナム戦争に従軍中に北ベトナム軍に捕虜として5年間捕らえられた後にヒーローとして帰還した過去を持ち、その後政界に転じてから通算31年間上院議員を務めたマケイン氏はまさにミスター共和党であり、ワシントン政治のアイコンであった。

アメリカで広く尊敬を集めていたマケイン氏に対して、公然と侮辱の言葉を浴びせた人物がトランプ氏だった。2016年の大統領選挙に共和党からの出馬を検討し始めたトランプ氏は、突如としてマケイン氏について「私は彼を英雄だとは思わない、彼は(ベトナムで)捕虜になったことで英雄になっただけだ、私は捕虜にならなかった人達の方が好きだ」と表明し、あからさまに侮辱するようになる。

当時まだ泡沫候補であったトランプ氏のこの発言は、単に向こう見ずで自身にとって不利になるもののように見えたが、実はこのワシントン政治の象徴としてなかば神格化されていたマケイン氏という人物を貶す態度が、従来型のワシントン政治に対して潜在的に嫌悪感を抱いていた層の熱烈な支持を集めることになった。

共和党内で大統領選の予備選が本格的に始まると、トランプ氏はマケイン氏への侮辱のボルテージをさらに上げ、マケイン氏もトランプ氏に対し反撃するようになる。同じ共和党の中で、大統領候補を目指す人間が党の重鎮を侮辱し、重鎮が候補者を攻撃し返すという、およそ従来の共和党の大統領候補選びとは思えない、異様な光景が繰り広げられた。

しかし共和党の予備選は、大方の予想に反しトランプ氏が勝つ結果となり、氏は大統領候補の切符を手にする。すると、マケイン氏はトランプ氏の不支持に回る。共和党の重鎮が共和党の大統領候補を支持しないという奇怪な展開となったまま大統領選挙は本選挙に突入し、トランプ氏は最終的にヒラリー・クリントン氏を下し大統領の座を勝ち取った。

トランプ氏が大統領としてホワイトハウスに入ると、マケイン氏に対する攻撃はさらにエスカレートし、マケイン氏が上院軍事委員会委員長として永らく主導してきた安全保障政策を真っ向から否定する動きに出る。それが、トランプ氏のロシア・プーチン大統領への接近と、ロシアとの間で紛争が続くウクライナへの支援の停止、EUを中心とする同盟国で構成されるヨーロッパ安全保障機構NATOの弱体化という一連の動きに繋がることになった。そしてこの動きは、ロシアに隣接する東欧諸国と、NATOを運営するEUに衝撃を与えることになる。

トランプ氏はさらに、共和党が議席マジョリティーを占めていた上院に対して、自らが進めようとする政策をマジョリティーをてこに一方的に議会を通そうと圧力を強めた。こうした圧力に対して、マケイン氏やミット・ロムニー氏を初めとする有力な共和党上院議員は強く反発するようになり、トランプ氏との亀裂は修復しがたいものになる。こうしてトランプ政権の間に、共和党内部でいつしか身内に攻撃を繰り返すトランプ氏と対抗する反トランプ氏の対立が先鋭化するようになっていった。

2018年、脳腫瘍を患っていたマケイン氏は死去するが、告別式には氏の遺言に基づき、現職大統領トランプ氏とファーストレディーは招かれなかった。そして2020年の大統領選挙でトランプ氏は再選を目指すが、マケイン氏未亡人は共和党のトランプ氏ではなく民主党のバイデン氏の支持を表明することになる。そして最終的に、バイデン氏がトランプ氏から大統領の座を奪い取った。

それから1年後の現在、2024年の大統領選への再立候補を狙っているとされるトランプ氏が進めているのが、共和党の伝統的なカラーを剥ぎ取りトランプ色へ塗り替えようとする動きだ。来年の中間選挙では、全米各州で共和党を自ら息のかかった候補者で固めたいと考えているはずだ。

各州では、遅くとも年末までに各選挙区で出馬する候補者が出揃う。アリゾナ州においては、トランプ氏は現時点で既に新人の上院議員候補と同時に行われる知事選の知事候補に、自身の息のかかった人物を擁立済みである。そして下院議員に関しても、自身に忠誠を誓う共和党現職のゴサール氏をエンドース済みと、着々と準備を進めている。かつての伝統的な共和党の象徴のような存在であったアリゾナ州に対するトランプ氏の力の入れようは尋常ではないレベルだ。

また、自身に批判的な共和党議員の選挙区には刺客を送り込む準備も進めている。トランプ氏が標的としているのが、ワイオミング選出の著名な下院議員リズ・チェイニー氏や、アラスカ選出の有力な上院議員ムルコスキー氏だ。両議員とも強固な地盤と豊富な資金力を持っており、果たしてトランプ氏が放つ刺客が打倒できるのかはかなり微妙だが、どんな実力者に対しても手を緩めない姿勢を見せることで共和党内の統率を図ろうとする戦略であろう。

中間選挙は来年の11月だが、実質的にこの12月から本格的にスタートするといって良い。そしてトランプ氏が勢力固めを進める共和党に対して、民主党がどのような選挙戦略をとるのか、12月から本格的に動き出す中間選挙に向けた動きに注目していく必要がある。

(Text written by Kimihiko Adachi)

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