原田マハ『総理の夫 First Gentleman』新版

 今年読了した6冊目。2月25日に読み始めて、3月4日に読了。

 原田マハさんといえば、昨年かな、『デトロイト美術館の奇跡』という小説を読んで以来の邂逅。この前に読んだ『堕ちた英雄』を読みたくて書店に行って、近くの書棚に目立つように置いてあったので思わず一緒に手にとった一冊。その『堕ちた英雄』を読むきっかけは、さらにその前に読んだ『国家と記録』の中に挟まっていた(当時の)新刊案内に書いてあって気になったから。こういうめぐり逢いがあるから、リアル書店が好き。

 カマラ・ハリス氏がアメリカの副大統領に就任して、その夫であるダグ・エムホフ氏は「セカンド・ジェントルマン」と呼ばれている。それ以前には、ヒラリー・クリントン氏が民主党の予備選を勝ち抜いた時、就任すれば夫のビル氏は「ファースト・ジェントルマン」と呼ばれるのかな、とか思い浮かべたりしていた。実現しなかったけど。・・・というのが実際にあったこと。

 さて、この『総理の夫』は今から何年も後の20△□年の日本で、史上初めて女性の内閣総理大臣が誕生した、という設定。その夫の日記という体裁で書かれている。今を生きる私にとっては、そんなに先になるまで女性が総理大臣になることはないのか~なんて落ち込んでみたり、でも、2013年に出版されたこの本には2020年に起こったやっかいな感染症の想定もなく、インターネットを使った遠隔会議システムなんてものも書かれていない。そりゃそうだ。SFでもない限り、目の前にないものを想像しては書けないものだ。あくまでもこの作品は、2013年時点で想像しうる現実世界の未来の日本を書いている。だからこそ、今あるこの遠隔会議システムが作中の世界にあれば、首相がいつ野党の誰それと会った、的なことを逐一メディアによって明らかにされなくとも済んだかも、とも思うのだ。

 日本以外では、女性が行政を率いる立場となったことのある国は今では少なくない。英国、ドイツ、ニュージーランド、など。あるいは、アジアに目を向けてみてもタイで女性が首相になったことはあったし、現に今の台湾では女性が選挙で選ばれて国を率いている。そしてニュージーランドも台湾も、例の感染症の対策を上手くやって抑え込んでいると評価された。女性だから大事な決断ができないってことはないんだってことは他国で証明されているではないの。しかも、ニュージーランドの首相は在任中に妊娠・出産を経て現場に復帰している。妻だけに、母親だけに家事育児の負担がのしかかるようではとてもできないことだけど、それができる環境が整っている社会なんだな。あるいは、ちゃんと看ていてくれる人さえいれば、母親が仕事や出張で子から離れることを非難する声を抑えられる社会なんだな。

 さて、本作では、「初めての女性総理」になる凛子さんと、その「初めての、総理の夫」になる日和さんがメインの登場人物。日和さん目線で書かれていくので、凛子さんはとても美しく賢く才能にあふれた女神のような人で、有名作家の父と国際政治学者の母のもとに生まれた才女。そして日和さんの方はというと、何代と続くグローバル企業の経営者の家に生まれたいわゆる御曹司。それも、跡取りとして厳しく育てられた長男からは歳の離れた次男坊。会社に入れなどとも言われず、好きな野鳥の研究を続けて大学院にまで行き、野鳥の研究所に勤めている。しかも、実家がその研究所のスポンサー。どちらも、進学や就職に経済的な制約は何もない、めぐまれた人生。

 ところで、経済的にはめぐまれていてもあまり幸せな家庭生活を送っているとは思えないような人、才能が認められていても経済的な困窮で進学や就職が制約されてしまうような人、さらには予期しない妊娠でシングルマザーになることを決意する人などが身近なところに配置されている。めぐまれた人と、そうでない人。そんな人たちの中で、凛子さんは国をどう立て直していくのか。日和さんはどう支えていくのか。めぐまれた育ちだから、生活に苦しむ人のことはわからないって言う人がいる?だけど、自分自身が満たされていて初めて他者に手を差し伸べられるということもある。
 凛子さんは「美人」の設定。日和さんの日記なんだから、夫として妻を讃えることはおかしなことではないし、日記にまで「愚妻」なんてあったらそれこそふざけんなって思ってしまう。

 さて、現実に意識を戻してみると、オリンピックのパブリックビューイング会場を作るために公園の木々が伐採されているという話。初夏のこの時期には、ツバメもそうだけど、野鳥が巣をつくって抱卵、子育てをする時期。森の木々にはそんな野鳥の巣がある。野鳥学者の日和さんなら、とんでもないって怒っただろうな。
 

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