「君はどうする?」と聞かれたときに…
夫と結婚する前、ドイツ人の彼とお付き合いしていた。
彼も私も、母国ではない地で働き、生活をし、そして母語ではない言葉を使ってコミュニケーションをとっていた。
私は彼の話す綺麗な英語が好きだったし、彼の明るくて優しい性格も大好きだった。
ある日、彼のお母さんがケガで入院したとの連絡が入った。
彼は母子家庭だったこともあり、一人暮らしのお母さんのことをとても心配していた。
「ちょっと心配だから、一度ドイツに帰って母の様子を見てくるよ」
そう言って、彼はドイツへと飛んで帰った。
2週間後、彼は戻り、お母さんは大丈夫だよと言った。
その言葉が、また私たちの日常が変わらずここで続いていくのだと思わせてくれた。
だからその2か月後、彼がもう一度ドイツに帰ると言った時は驚いた。
そして、続けて私にこんなことを言った。
「たぶん、今度ドイツから戻ったら、僕はもうここを出る準備をすることになると思う。ドイツに帰ろうと思っているんだ。だから、僕がここに戻ってくるまでに君はどうするか考えてほしい」
そう言い残して、彼は再び故郷へと飛んだ。
え?君はどうするってどういう意味?
心がざわつき、すぐ彼に聞き返すことは出来なかった。
ひとまず自分で理解しようと、
ネットで検索した。
ドイツ人 プロポーズ 君はどうする
ドイツ人 プロポーズ 言い方
ドイツ人 プロポーズ 言葉 英語
いや、どう検索しても、君はどうする?なんてプロポーズの言葉は見当たらない。
ということは、これはプロポーズではないのか。
じゃあ、別れの言葉か?
またカタカタと検索する。
ドイツ人 別れ方
ドイツ人 別れの言葉 君はどうする
ドイツ人 遠距離恋愛
いや、これもなんか違う。
何なんだ。一体どういう意味なんだ。
「君はどうする」って。
じゃあもし、
私もドイツに行くって言ったら、彼はいいよって言うの?
私が結婚したいって言ったら、彼は結婚しようって言うの?
そもそも、結婚したいならこんな言い方はしないはず。
「一緒に来てほしい」とか、「離れたくない」とか、まずはそいう言う言葉があるんじゃないの?
ドイツに帰ることも相談なしに決めて、
じゃあ、さようならって私は置いて行かれるの?これまで過ごしてきた時間はなんだったんだ…と悲しくなった。
付き合う前に、カフェで「僕と一緒に居たら毎日美味しいコーヒー飲めるよ」なんて言ったあのセリフの方が、今思えばよっぽどプロポーズっぽかった。
ということは、
私からの別れの言葉を待っているのかな?
それとも遠距離恋愛で自然消滅を狙っているのかな?
私は、すぐさま親友のジャックに相談した。
ねぇこれってどういう意味だと思う?
私にどうしてほしいんだと思う?
「どうしてほしいというか、ちゃんと自分の人生を考えてほしいってことなんじゃない?
ある意味、君の意志を最大限リスペクトした言葉なんじゃないかな。
じゃあ聞くけど、もしプロポーズされてたら、喜んで仕事辞めて、一緒にドイツに行くって言えたの?」
そうジャックに言われたとき、私は言葉が出てこなかった。あんなにプロポーズにこじつけようと検索していたのに。
彼とお付き合いしている中で、
お互いの故郷の話はよくしていたけれど、
結婚してドイツに住むとか、ドイツで仕事を見つけるとか、
その前に今の仕事を辞めるとか、親に話すとか、
全く何も準備できていなかったと気付いた。
それから、私は毎晩のように考えた。
それはもう、私のパソコン画面にドイツ関連の広告がでるほど、夜な夜な検索していた。
ドイツのこと。
ビザや仕事。時差。旅費。飛行時間。
物価や文化。食事。
彼とのこと。結婚のこと。
このまま彼とお付き合いを続けたいのか。
遠距離でもいいのか。
彼と結婚したいのか。結婚したらどんな生活になるのか。
自分のこと。家族のこと。
今の仕事を辞めるのか。またドイツで心機一転人生をやり直すのか。
家族にどう伝えるのか。
こんなに、人との付き合いや、結婚について考えたのは初めてだった。
そして、調べれば調べるほど、
考えれば考えるほど、
行きつく答えは、彼の言った、
君はどうする?=私はどうしたい?
だった。
いつか結婚できればいいなと思っていたし、
結婚したいとも思っていたけど、
全然ちゃんと考えていなかったんだと気づいた。
きっと「結婚」に対してもどこか相手に委ねる気持ちや、
相手に自分の人生を預けるようなイメージがあったのかもしれない。
たぶん彼はそんな私に気付いていたのかも。
ドイツ人の彼とお付き合いしていながら、
私はドイツ語すらちゃんと勉強していなかった。
その後、ドイツに到着した彼と話した時に、意を決して「君はどうする」の真意を確認した。
「僕はさ、ドイツに帰ることを勝手に決めたでしょ。まぁこのタイミングとか、母のケガは予想外だったけど。でもドイツに帰るってことは僕にとってはそれほど大変なことではないんだ。だって自分の国だし、実家だし。もう十分海外でキャリアも積んだしね。でもずっと応援してくれた母が弱ってしまって。だからこれからは母の近くで過ごしたい、サポートしたいとも思ったんだ。」
「だけど、これは僕の都合やタイミングであって、君は違う。君がドイツで生活をするということは、今の暮らしを捨てて、また1からすべてを始めるということ。外国人だからビザもいる。今のような仕事ができるとも限らない。日本からも遠く離れた地だし、言葉も文化も違う。だから安易に一緒に行こうとは言えない。」
「僕たちはいい付き合いが出来ていたと思うし、お互いに大切な存在であることには変わりない。だから君が決めたことは応援するし、もしドイツに来るならできる限りサポートする。でもまずはその前に、君の人生を君がしっかりと考えた上で決めてほしいと思ったんだよ。」
外国人同士が母国ではない地で出会い、恋愛をし、どちらかが自分の国へ帰るタイミングで別れるというのは、海外恋愛あるあるだ。
その”あるある”が、自分の身に降りかかると、
何とも切ない。ツライ。
あるあるなんて軽い言葉で済ませるな!と言いたくなる。
もちろん、別れずに付いていき、結婚した人もいる。遠距離恋愛の後、結婚した人もいる。
でも、私は本当にどうしたいんだろう。
結婚は勢いとタイミングだとはよく聞くけれど、
勢いで飛び込むにも、タイミングよく乗っかるにも、たぶんそれなりの心構えが必要で。
だから、やっぱり私は何も準備できていなかったんだと思った。
相手の言葉に期待してばかりいたけれど、
逆に私は彼にプロポーズできるほどの気持ちがあるのか。
彼が荷造りを終え、ドイツに発つ前日、
私たちはカフェで会った。
楽しかった思い出を語り合い、笑い合い、それはとても幸せなひとときだった。
良い人生を!とか言って笑顔で爽やかにお別れしたかったけど、やっぱり最後は2人で泣いた。
でもその涙が、私たちの付き合っていた時間は良いものだったんだよと証明してくれたようで、少しほっとした。
彼とはそれが最後。
見送りには行かず、私はいつも通り仕事した。
その後、私は夫と出会い、付き合い始め、とんとん拍子で結婚した。
とんとん拍子だって、自分の意志がなければ、
更には互いの気持ちが重ならなければ、
上手くは進まないと思っている。
きっとこれが私のタイミングだと確信できたから、飛び込めた。
(私がズンズン、グイグイ押し進めたと言った方が正しいかもしれないけれど。笑)
あの時とは違って、自分の気持ちにちゃんとエンジンがかかったのだ。
だからこそ、あの時の別れに後悔はないし、
何より夫と結婚して良かったと思っている。
でもそんな今があるのは、
ドイツ人の彼がしっかり自分の結婚観や人生観を見つめる機会をくれたから。
あの時、彼が聞いてくれた「君はどうする?」は
私の人生において必要な言葉で、
自分自身を見つめるための大事な言葉。
だからこれからも、きっと、ずっと忘れない。