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日本語の奇っ怪――横書き縦書き、  右から左へ左から右へ、ついでに鏡文字

 今、全世界的に縦書きの言語は絶滅危惧種らしい。日本語における縦書きだって、風前の灯火かも。過去に書かれた物は別として。
 テレビを見ていて、時代小説を書く作家が、パソコンで原稿を横書きしているのを見て、びっくりした。そうなのか――そういうものなのか、今や。でも、書物は時代物に限らずまだ縦組みの世界だ。(私はこういう記事の時は横書きだが、創作の原稿は、ワープロソフトでも縦書きで書く。)
 日本語に横書きが登場したのは、幕末だそうだ。当時は右から左に読んだ。純然たる横書きの話ではないが、遡ると日本の巻物は、中身の文章は縦書きの進み方と同じ、右から左へと送る。
 現代の日本の車には、頭の方から横書きで文字を貼っているものも結構ある。運転手側の側面は、左から読むという規則に合わない。進行方向から読ませる、というのは理解できるが、すっと頭に入るんだろうか? 昔は右から読んでいたから遺伝子レベルで大丈夫とか? そんなバカな。
 事の初めは、船だったようだ。どちらの側面も先頭から後ろに向けて読むようになっていた。やがて陸上の乗り物にもそれは受け継がれていったものの、今それが廃れつつある。単に右横書きが一般的でなくなったから。というようなことが『横書き登場』(屋名池誠著、2003年、岩波文庫)に書かれていた。この本では日本語における縦書き横書きの歴史が、多数の実例とともにひもとかれている。そもそも縦にも横にも読み書き可能で、右横左横書きもできること自体、非常に希有な言語なのだ。
 そのことの効能について、縦書きも横書きも、識字・読解の意味において、脳機能的には大して差がないという研究はされている。縦書きが横書きに比べて、早く読めるとか理解度が高いとか、有利な点は見つからないらしい。ただ字幕に関する記事にも書いたが、表語文字を使っている分、塊として文章を捉えやすいことは事実。
 結局右から読もうが、左から読もうが、それは慣れの範疇のようだ。どちらが優れているということもない。けれど、世界中を見渡して圧倒的多数が横書きなら、縦より横に某かの利得がありそうだとは思うが。人間の生理とか、右利きが人類の9割を占めることと関係があるやも知れぬ。(拙文「二刀流」の記事もご参照いただけと幸いです。) 

  私個人としては、自動車の進行方向とは逆からボディに書かれた店名を読むような場合、違和感は感じる。が、先頭から後ろに向かって書かれているものを進行方向に沿って読むのもヘンな気がする。つまりいい加減なんである。そもそも読むと言うよりは、「見る」というグラフィックの領分だろう。

 それで思い出す。海外で、「Ambulance」は、ステンシルが何故左右逆さ文字になることが多いのか。他にも左右逆さ文字例はあるのかも知れないが、殆ど万国共通語のような「救急車」が引っ繰り返った文字でペイントされているのは、一ヶ国ではないと思う。同じ方法で単語をステンシル・ペイントすることだってあろうに、何故にして「救急車」に多いのか。とても不思議。(自撮りの証拠写真などがなくてすみません。でも、いろんな国のニュースや、現地目視の経験があるんですよ……。ネットで検索すれば、画像はいっぱい出てきます。)

 とか言っていると、何と! あー、鏡に映ったときのためなの?! 車のミラーとか? 後ろから救急車が来る! とルームミラーで確認――意味があったのね。全ての車道にいる自動車に向かってアピールするんだ。逆向きに見るばかりじゃないと思うけどなぁ。
 と、思ったら、正面に鏡文字と、正体(せいたい)と両方入っているものも――。やはり、鏡文字はミラー対策なのか。へええ。本邦においても、私は現物を見たことはないが(そもそも病院や救急隊にでも勤めていない限り、そんなにお目に掛かるものでもなかろうが)、漢字で「救急」の鏡文字表記はあるらしい。

©Anne KITAE

 ところで、漢字・平仮名・片仮名全て、ステンシルが引っ繰り返っている(つまり鏡文字)車の表記を見たことはない。(ついでながら、これも「二刀流の話」に書いたとおり、私は右手で通常の文字、左手で鏡文字を同時に書ける! 何の役にも立たないが。有用だとしたら、ハンコだの版画だので字を彫るときの下書きくらいだろうか。そんなことしないけど、殆ど。)救急車と同じ理屈でいけば、車の中から会社名や、宣伝が読める可能性が高まるのに。いやいや、そもそも車の運転中にそんなことに気を取られてはまずいだろう。だから、しないのか――それなら納得。


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