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何も起こらないのに、なぜかほっとする――『週末、森で』

 結婚、転職、出会い、別れ……人生ではさまざまな出来事が起こる。そして、多くの物語はそれを描いている。しかし、この本にもそれを期待したら、少し肩透かしをくらうかもしれない。

 ネタバレになってしまうが、この本のなかでは、読者が期待するような怒涛の展開は起こらない。ただ淡々とささいな「日常」を描いているだけだ。

 なのに、読んでいると癒されるのはなぜだろう?

これが本当のスローライフ?

 物語は、都会育ちの「早川さん」が、田舎暮らしをスタートさせたところからはじまる。

 しかしこの早川さん、いい意味で「俗っぽい」のだ。

「田舎暮らし」というと皆が思い浮かべるような、家庭菜園や自給自足など考えない。「体にいいことを」とか「エコに暮らす」といったことを意識している様子もなし。

 毎週のようにやってくる2人の親友たちからの東京土産を心待ちにし、それだけでは飽き足らず、全国からおいしいものをお取り寄せする。タラの芽を見つけたら「天ぷらにしよう」と盛り上がる。森の中でお湯をわかしてつくるのは、なんとカップラーメンだ。

 いわば、スローライフのいいとこどりをしている感じ。それが逆にリアリティがあっていいのだ。

「心の実家」に帰省するということ

 早川さんの2人の親友は、都会で働きながら、仕事に疲れたり人の言動に傷ついたりして、日々ストレスをためている。

 そんな彼女たちは、友だちに会うためというよりも、森で過ごすために、手土産片手に毎週のように田舎の早川さんの家にやってくるようだ。

 そこで一緒に森を歩いたり、湖でカヤックをしたりしているうちに、心にたまっていたモヤモヤがすっきり、軽くなっていく。

 これは何かに似ている……と考えていて、ふと気づいた。都会暮らしの人が地方に住む実家に帰省する「お盆休み」だ。普段の生活とは180度違う世界に身を置くことで、自分がリセットされる感じ。早川さんの2人の友人たちは、これを求めていたのか。

派手なイベントは楽しいけれど疲れる

「お盆休み」の実家帰省では、さしたる出来事もなく、毎日が過ぎていく。なかには都会暮らしの人にはちょっと珍しいこともあるけれど、ものすごく派手なイベントがあるわけでもない。

 むしろ、派手なイベントというのは、楽しい一方で疲れるものだ。

 実家帰省は、派手な何かがあるわけではないけれども、気持ちをリセットしてくれる。

 この本も同じだ。刺激的な展開があるわけではないけれど、読むたびに気持ちがふっと軽くなる。

 何も描いていないようでいて、実は心の深いところをやさしくほぐしてくれる本。



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