小説|左の窓 #1
「アパート契約」
晩秋。オフィス2階の窓に目を向けると赤く燃える夕焼けが瞳を痛々しく刺激する。後ずさる白衣を着た男性は目をつむり、再び瞼を襲る襲る開こうとする。
「ダンッッ!!!」
壁を強く叩く音がする。物音に驚き目を開け、腰を抜かす。
「はぁ…はぁ………!父親に向かってなんだ、その態度は!!!」
そこには多くの幼い少年達が、男性を囲んで群がっていた。そして男性に向かって手をかざすと、男性は左側の窓ガラスに向かって吹っ飛んでいった。
「ああああああっっ!!」
飛び散るガラスの破片、血飛沫が少年達にも降りかかるが彼等は気に留める様子は無かった。
ある日。
青年と不動産屋の男性がアパートの2階の部屋へ入る。灰色のスーツを着た小柄なこの不動産屋男性は先行して部屋に入る。
「この部屋です。どうです?気持ち築年数は経っておりますが、綺麗で結構広くて一人暮らしには最適なんですよ」
「月3万、契約年数2年、敷金礼金は無し!アパートの近くには商店街もあるので、お勤め先からお帰りの際に生活用品を買って帰るのに都合の良い場所にあります!」
不動産屋の男性が必死にアパートの説明をしているが、青年の見向きもしない無反応な態度に不動産屋の男性は少々困る。若年層の客の上、不愛想であるので対応に苦労が垣間見える。青年の右手には不動産屋から貰ったアパートの資料を力無く持っている。資料の内容もしっかり見ているのか怪しい。
「あのぉ…何か気になることはございますでしょうか?」
やっと青年が自分の方に振り向いてくれたので、不動産屋の男性は作り笑顔を一生懸命に青年へ振りまき下から手招きをした。青年はその無表情のまま話す。
「…これで家賃が3万なら、いいです。ここに決めました。」
「…えっ!?本当によろしいのでしょうか?」
青年の決断の速さに驚き、手招きしていた手をほどいてしまう。不動産屋の男性がつい反射で疑問文で返答したので青年は再び口を開く。
「なんで聞き返すんですか?僕はここに住みたいと希望しているんですが……何か他にあるんですか?」
「えっ!?いやっ…!いいえ!!ずいぶんとご決断が早かったので、少々驚きまして………ええ、もちろんです!!事務所に帰って契約の手続きを致しましょう!!!」
「駐車場に戻って車の用意をして参りますね!!少々お待ちください!!」
不動産屋の男性は足早に外へ駆け出した。それを見送った青年は男性を見送るなり溜め息をつく。
「…もう、どこだっていいんだよ。住める場所があれば。」
「母さんがどうしてもって言うからでこの不動産屋に頼んだけども。俺としては会社からもっと近い場所の不動産屋がよかったんだよな…」
「なんでまた母さんは指定てしきたんだろう」
昔から息子の事には必ず口出ししてくる母であった。青年はそれがどうしても苦痛でたまらなかった。今回就職という理由でやっとのこと実家から脱出した。単身赴任で20年も自宅に帰って来ない父親を除けば、今まで母と青年の二人暮らし。ほぼ母子家庭の環境を考えれば母が息子に依存してしまうのも仕方がない。
「お客様!!車の準備ができましたよ!!」
青年は不動産屋の男性に呼ばれ、外へ出ていった。
《同一作品リンク:全9話》
第1話 「アパート契約」
第2話 「他の客人」
第3話 「不思議な請求書」
第4話 「キレキレ電話」
第5話 「結城不動産屋の事務所」
第6話 「千秋の姿」
第7話 「ガラス地獄」
第8話 「白髪の青年」
第9話 「元は一つだった」《最終話》
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