小説|左の窓 #8
「白髪の青年」
「そうだよ、この窓は《特別》なんだ」
辺りが余りに静かで、ふと背後に人の肉声が聞こえた時はゾッとした。それは青白い顔に白髪の青年で上はパーカーを着ているが秋なのに下は半ズボンという人物が割れた窓の前に立ち尽くしていた。
数時間前に結城不動産の事務所で出会った青年だった。土足で割れ散らばった窓ガラスの破片の上に立っているので、ガラスの破片が更に粉々になってしまった。
「あんたは、事務所にいた……」
「なあ、どこからアパートに入ったんだ?玄関でも、壊れた窓でも無いだろ」
白髪の青年は内田の言葉を無視して、割れた窓ガラスを眺めていた。
「そうか……《窓が割れる》…《左》がね……」
ぼそぼそと何か言っているようだ。ユウキは少し考えると、床に視線を落とす。
「お、おい、人の話聞いるのか?アンタは何者なんだ!」
内田は白髪の青年に必死に問いかけた。元々は人見知りで他人から話しかけられるのは苦手ではあったが、このユウキという人物には、既に興味が生まれていたので饒舌になっていた。
「《左の窓》は僕等が……を殺した場所さ」
「は?」
「ああ、僕はユウキ、唯のユウキだよ」
「君は知っているかい?この土地はアパートが建てられる前……昔は研究所だったんだ」
「は……この土地が……研究所……??何の??」
ユウキ曰く、内田が住むアパートが建てられる前は研究所だという。内田はこの事実に戸惑う。
「表上は所謂普通の会社のオフィスだったんだけど、実際の内部では人間の人体実験が行われていたんだ」
ユウキはそう言いながらおぼろに白い顔を上げて、妖しげに微笑んだ。
「人体…実験………」
恐ろしく、気味の悪い事実。引っ越ししたこの土地で悲惨な事が行われていた。内田は悪寒を感じた。背中にひんやり冷たい汗が流れる。
「その人体実験では当時生まれたばかりの赤ん坊が対象だった」
「それが僕等なんだよ……」
「僕は人体実験に使われた、そして他の人間には無い力が使える」
到底現実ではありえない、人間が想像できない。ただ、話を聞く限りユウキが人体実験の被害者とするならば、今日に至るまできっと辛い思いをしてきたのではないか。そんな同情心が内田の中で芽生え始めた。
またユウキの言葉に引っかかり疑問を覚える。《僕等》とは、人体実験にされた赤ん坊は他にもいたのではないか。
「でもさすがに大きな事故が起きてね、隠しきれず研究所は警察に見つかって研究員の人間は捕まったけど、逃げて身を隠した一部の人間は警察や人々の目を欺いてひっそりまた人体実験をしていた」
「……それが、《結城不動産》」
「《結城不動産》が……そんな」
全く想像がつかない事ばかり。確かに窓修理の請求書のことについては異常ではあったが、表の顔とは偉い違いだ。
「そういやアンタ……あの不動産屋にいたよな……今日の事故はアンタがやったのか」
「いや、僕じゃないよ」
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