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理解できない

 先日の現場。

 作業中お客様との付きっきりの話の中で、絶縁中の弟さんが今刑務所にいるという話を聞いた。
 
お客様「昔はあんなんじゃ無かったのに。」
「本当に理解出来ない!」
 お客様は会話の中で何度もその話を繰り返していた。

 作業も終わり、次の現場へ移動中の車内で、前職での思い出が脳裏を過っていた。

菊池「理解出来ない…。か…。」

 以前私は刑務官の仕事に就いていた。
 
 現在日本の女子刑務所というものは男子刑務所の様に犯罪の刑期や種類によって細分化されておらず、交通から殺人、密入国までと。本当に多種多様の犯歴、人種、年齢層の人が一同に収容されている。
 
 在職中何人もの被収容者と接して来たが、その日は1人の収容者の事を強く思い出していた。

 その収容者の罪名は麻薬所持。
 海外からやって来た彼女は、知人に「この荷物を一緒に持って行ってくれよ。」と頼まれた。
 そして得体の知れない荷物を1ミリも悪気無く持って入ろうとしたところを成田の麻取に検挙された。

 知らない国、知らない言葉、知らない人達。身に覚えのない罪。
 訳も分からぬまま気付いたら刑務所にいた彼女。
 当初は静かに自身と向き合っていたものの、次第に閉鎖された環境へのストレスに耐えかね、怒りをコントロール出来ずに暴力的な言動を成すようになっていった。
 
 物品を故意で破損したり、職員に暴力的な態度を取った収容者は一時的に保護室と呼ばれる独居に収容される。
 彼女がそうなるのも遅くは無かった。

 巡回に行く度。彼女は冷たい鉄格子の張られた保護室から語気を荒げて泣きながらいつも英語混じりの知らない言葉で何かを訴えて来た。

収容者「○⭐︎※×△アンドッサン!!!」
「アンドッサン!!!!!」

菊池「………。」
 「………。安藤さんってヤツに騙されたのか…。」

 顔も知らない安藤さんに怒りを覚え、日本の法律上こんな事になってしまっている彼女に同情していた時、先輩の看守が巡回に来た。

菊池「この調子でずっと安藤さんの名を連呼してるんですよ。」 
 「安藤のヤロー。とんでもねぇヤツだ。許せねぇ。」

先輩「!?!?!?」

菊池「え?思わないんですか?あんまりですよ。」

先輩「…。キャンノットアンダースタンド…。」

菊池「え!?」

先輩「理解出来ないって言ってる。この状況が。」

菊池「!?!?!?!?」
 「安藤さんって誰ですか?」

先輩「知らない。本当いい加減にして。あと安藤さんに謝罪して。」

 罪のないどっかの知らない安藤さんに勝手に怒りを覚え、中学英語さえ聞き取れずに分かった風な顔で彼女と向き合っていたバカ看守のそれまでの行動。

 きっと先輩は思った事だろう。

 「理解出来ない。」と。

 あれからかなりの年月が経った。
 収容者だった彼女は無事国に帰り、元気に暮らしているだろうか。
 もう悪いヤツに騙されてないだろうか。

 お客様の弟さんが出所した時、絶縁中だと口では言いつつも、楽しかった昔の思い出を語り、健康状態を案じていたお客様と弟さんがまた笑顔で再会出来る日は来るだろうか。

 皆が皆。平和で健康的で望み通りの未来などはこの厳しい世の中では中々実現しない事は分かってる。
 「理解出来ない。」時代でもある。

 けれどこれまで関わった方々の明るい未来を願う事ぐらいは自由だ。


 雨の日の車内。
 そんな事を考えて次のお客様の元へ向かった。


菊池真琴​

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