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『演劇、のようなもの。』


 この世は演劇のようなもの、である。母を演じる者、父を演じる者、子を演じる者、酔っぱらいを演じる者、ダメな総理大臣を演じる者、それを非難する市民を演じる者。同様にプロレスもヒール(悪役)がいなければ盛り上がらないのだから、エンターテイメントを成立させる上で悪役は特に重要な一役であり、同様に悪役にブーイングをする観客役、さらにその客にブーイングをする観客役も含めて、必要な構成要素なのである。


 演劇もプロレスも、当然人間が作り出した“虚構”ではあるが、一方で、「現実的なもの」として捉えがちな“社会”や“お金”なんてものも結局、突き詰めれば人間が作り出した、根拠のない信用で成立しているだけの曖昧なものなのだから、そのくらいの軽い気持ちで、そのとき与えられた役を演じながらうまく生きていければそれでよいのではないかと思う。


 そういうわけで、日曜日の昼下がり、私は空想上のかき氷を食べ過ぎ、頭がキーンとなっている人、を演じていた。娘が「ハイ、では、ここに横になってください」と言う。どうやら娘は今、医者らしい。
「かき氷を食べて頭がキーンとなってるんでつね?」
「はい、頭が痛いです」
「ではお腹を出してください、ちょっと切りまつね?」
「え!?んま、待ってください先生!!切るんですか!?麻酔もしてないのに!?てゆーか、痛いの頭なんですが、どういう理屈か、教えて下さい。東洋医学的なあれですか」
「はい、切りまつ。我慢してください」
 驚いて起き上がろうとする私を、問答無用、と言わんばかりに押さえつけ、先生は私の白いタンクトップをまくりあげると、じょきじょき、と言いながら私の腹を裂いた。
 ハ、ハサミ!メスじゃなくてハサミとは!と私の内心は思ったが、真剣な眼差しの先生を眼前にして、身を任せる他なかった。そこから先はあまりの痛みのためにはっきりとは憶えていない。ただ、朦朧とした意識の中で確認できたのは、切り裂いた腹から、緑と黄色と赤と白の積み木が摘出され、先生曰く、どうやら頭痛の原因はこれらしい、という事だった。
 手術が終わり薄目を開けると、先生は、ハイもう終わりましたよ、と優しく笑った。私は心底、安堵した。あァ、これで何もかも、終わったのだ。そう思ったとたん、身体の力がふっと抜けるのを感じた。だが、次の先生の一言が私を凍り付かせた。
「あっ、忘れていました。髪の毛をぜんぶ切りまつね?」
「え?なんでですか!ちょっ、、」
 抵抗する私の声を遮り、先生はハサミに見立てた人差し指と中指で、じょきじょき、と私の髪を躊躇なく切った。「あァ、髪の毛がなくなってしまった・・・・。」と呟きながら、私は確認するように両手を上げ自分の頭を撫でた。すると先生は何か落とし物でも見つけたような顔でこう言った。
「あ、ここ。脇にも、髪の毛がありまつね。切りまつね。」
「あ!脇は!!ちょっと、、私、脇は弱いんです!!やめてっ!ぎゃーーーッ!」
 激しく抵抗する私の腕を掴み、先生は「静かにしなさい」と言って、二本の指を私の脇下に潜り込ませると、じょきじょきと上下に運動させた。私は絶叫と共に悶絶し、手術室は阿鼻叫喚の様を呈した。
(完)

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