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活動レポート「202108ナゴヤ球場正門前駅跡」

■ナゴヤ球場について

 名古屋市中川区に「ナゴヤ球場」という野球場がある。

 現在はプロ野球球団の中日ドラゴンズの二軍チームの本拠地として使用されており、躍動する「若竜」の姿を見に、熱心なファンが訪れている。

 中日ドラゴンズの一軍チームの本拠地は名古屋市東区にある「ナゴヤドーム(バンテリンドームナゴヤ)」であるが、ナゴヤドームが開場するまで(1996年シーズンまで)は一軍チームもナゴヤ球場を本拠地としていた。巨人とシーズン最終戦までリーグ優勝を争い、プロ野球の歴史においても屈指の名試合として挙げられる「10.8決戦」が行われたのはナゴヤ球場である。

 ナゴヤ球場が位置するのは名古屋市中川区露橋二丁目。名古屋駅が位置するのは名古屋市中村区であるので、区の位置関係的には中村区の隣に位置する中川区の、さらに中村区寄りのところに位置しているわけではあるが、それでも名古屋駅周辺(いわゆる名駅地区)からは徒歩圏内ではない。

 球場周辺には名鉄名古屋本線の山王駅(当時は「ナゴヤ球場前駅」)があるが、並走するJR東海道本線・中央本線には駅が存在しない。この状態では、人気球団である中日ドラゴンズの試合を観に訪れる観客の輸送は名鉄が独占する状況となる。

 そこでJR東海は、自社でも観客輸送を担おうと(運賃収入を得ようと)、ナゴヤ球場の周辺に新駅を設置しようと画策した。それも、名鉄のナゴヤ球場駅よりも球場に近いところに駅を設置すれば、より多くの観客を自社路線に誘導することができる。球場に近ければ近いところに駅を設置しようと考えた。

 ナゴヤ球場の東端をかすめるようにして東海道新幹線が通っているが、それに並行して名古屋港線という貨物線が通っている。東海道本線の貨物支線で、非電化なうえ、単線路線だ。しかし、東海道新幹線に寄り添う形でナゴヤ球場のすぐ東隣を通っている。JR東海はこの名古屋港線に駅を設置することにした。名鉄のナゴヤ球場駅よりもより球場に近いので、駅名も「ナゴヤ球場正門前駅」という名前にした。1987年7月に臨時駅としてナゴヤ球場正門前駅は開業した。

■プロ野球試合観客輸送

 ナゴヤ球場正門前駅までのプロ野球試合観客の輸送は、名古屋駅とのピストン輸送で行われた。車両は高山方面や気勢方面の急行列車に用いられる車両が間合い運用として使用された。プロ野球観客輸送列車は、1駅区間ながら優等列車に運賃のみで気軽に乗ることができる列車として、プロ野球ファンのみならず鉄道ファンにも注目された存在となった。

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■駅の終焉とその後

 こうしてナゴヤ球場へ訪れるプロ野球観戦客に多く利用されたナゴヤ球場正門前駅であるが、開業してみるとプロ野球観客のみならず、周辺に住む住民にも日常の足として重宝された。球場が位置する名古屋市中川区露橋二丁目周辺は住宅街でもあるのだ。

 周辺住民からナゴヤ球場正門前駅の常設化の声が大きくなり、JR東海も検討せざるを得なくなった。しかしながら、当時(1994年前後)は既に一軍チームの新球場への本拠地移転の話も浮上していた。元々の設置理由であるプロ野球観客の輸送という使命が揺らいでいるわけである。

 そんな折、JR東海が目を付けたのが球場から少し東へ進んだところ(尾頭橋)にある日本中央競馬会の場外馬券場(ウインズ名古屋)である。仮に一軍の本拠地が新球場へ移転したとしても、ウインズ名古屋へ訪れる競馬客の利用が見込めるのではないかと考えたのだ。

 1994年10月8日、ナゴヤ球場正門前駅はその役割を終えた。前述した「10.8決戦」の日である。その翌年、1995年の3月に東海道本線上に尾頭橋駅が開業した。今度は常設駅としてだ。

■今は亡き、ナゴヤ球場正門前駅を訪れる

 ナゴヤ球場正門前駅の「後継者」である尾頭橋駅から訪れることにした。
 尾頭橋駅を降りると、駅正面にナゴヤ球場の方向を指す看板が設置されている。今でも二軍の本拠地であるナゴヤ球場を訪れる人は尾頭橋駅を用いるからである。

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 対して同じ看板に正反対の方向を矢印で指してウインズ名古屋も記載されている。この看板から、ナゴヤ球場正門前駅の後継である尾頭橋駅の役割を感じ取ることができる。

 看板の通り、ナゴヤ球場の方向へ歩いていく。東海道本線を名古屋方面へ進む。5分ほど歩くと、中央本線と名古屋港線の分岐部分にたどり着く。この分岐部分は山王信号場という信号場で、名古屋港線の起点である。

 山王信号場まで歩くと、今度は方角的にはUターンする形で名古屋港線に沿って歩いていく。主要幹線である東海道本線や中央本線と分かれた名古屋港線は非電化単線で南下していく。

 中央本線から分岐した名古屋港線は分岐後すぐに白い3階・4階建ての建物の下を潜り抜ける。この建物はかつて存在した日本テレコムの施設で、現在は日本テレコムの流れを継ぐソフトバンクテレコムの施設となっている。日本テレコムは鉄道通信にも密接に関連している企業で、かつて存在したJR通信(鉄道通信株式会社)の血も引いている。

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 ソフトバンクテレコムの施設の下を潜り抜け、緩やかな弧を描きながら少し南下すると踏切が設置されている。この部分はナゴヤ球場正門前駅が設置されていた場所だ。

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 踏切を渡り、東海道新幹線の高架を潜ると、もうそこはナゴヤ球場の目の前だ。球場アクセスとしては、この位置に駅を設置するのはこの上ない利便性がある。

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 この位置に駅があったことを示す痕跡は確認できなかった。周辺は都心である名駅と金山に挟まれた閑静な住宅街で、ここにプロ野球の試合を観に沢山のファンが行き交っていた時代があったとは思えない雰囲気である。

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 名古屋港線はこの先も南下し、名古屋港へ続いていく。名古屋港駅もかつては貨物の拠点駅として役割を果たしていたが、現在は西名古屋港線(あおなみ線)の名古屋貨物ターミナル駅にその役割を譲っている。この線路を列車が走ることも、頻度としてはかなり少なくなった。

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 ナゴヤ球場からナゴヤ球場正門前駅の方向を見ると、東海道新幹線の高架側壁に尾頭橋駅の方向を示す看板が設置されている。かつては同じ位置にナゴヤ球場正門前駅の駅看板が設置されていた。この高架自体がナゴヤ球場正門前駅の玄関口のようなイメージだったのだ。

■まとめ ~現地調査を終えて~

 ナゴヤ球場正門前駅の痕跡はもはや残されていない。プロ野球の試合を観に多くの人々が行き交った駅としては、寂しい現状と言えるかもしれない。

 しかしながら、今ある尾頭橋駅はナゴヤ球場正門前駅があったからこそ存在している駅だとも言うことができる(仮になかったとしても、近隣住民から新駅設置の要望が上がって開業に至るということも想像できなくはないが)。

 人々の記憶からナゴヤ球場正門前駅のことは薄れていくかもしれないが、その存在は少しだけ位置を変え、名前を変え、尾頭橋駅へ受け継がれている。

近畿交通民俗学研究会
活動日 2021年8月21日
執筆日 2021年9月18日

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