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smashing! きれいめなにいさんと

佐久間鬼丸獣医師と喜多村千弦動物看護士が働く佐久間イヌネコ病院。経理担当である税理士・雲母春己と、そこで週1勤務をしている、大学付属動物病院の理学療法士・伊達雅宗は付き合っている。そして二人と一緒に住み始めたのは伊達の後輩で恋人、設楽泰司。

雲母さんからお遣いを頼まれる時の「お買い物メモ」。バゲット、カンパーニュ、リュスティックとかのハードブレッド、肉類が主だが、たまに魚介類の名前も記されている。今日は生桜海老か。御意。

伊達さんの平屋の近所、いたどりショッピングモールでは、雲母さんの名前を出せば目的のものが入手できる。言い方おかしいけど、一声かけておくと十中八九購入できるという感じ。一介のワインセレクトショップのバックヤードにロマネコンティが鎮座してるようなもんか。

クリスマスと年末仕様になりつつある売り場は賑やかで可愛らしくデコられていて、来年の干支のウサギなんかもあちこちに。ああ、このふわふわのやつなんか雲母さんの好きなやつだな。もこもこフェイスが小さなバッジになってるのをカートに入れる。伊達さんも要るかもなのでもう一つ。あの人雲母さんと同じの持ちたがるから。

生桜海老も焼きたてのハードブレッドも無事入手。しっかりした保冷ボックスでも心配だから、早々に帰路に着く。駐車場にハマー停めて外に出ると、玄関と門の飛び石のところにいたらしい雲母さんが走ってきた。おかえりなさいありがとうございました!雲母さんに保冷ボックスを預け、一緒に荷物を家に運び込む。

今日は伊達さんが夜勤で帰りは明日の朝。桜海老を生のままいただきませんか?そんな光栄な提案は受けるほかないですね御意。生姜醤油でつるっといただきたい。大きさが普通の桜海老の倍あるな。にしても量がすごいんで、ちゃんと伊達さんの分を取り分け、残りはかき揚げに。れんこんと春菊も添えよう。雲母さんがセラーから出したのは勝山暁。甘口で香りがとても良くて。雲母さんはお気に入りの切り子グラスをセッティングしている。

予約してた配信。雲母さんと並んでテレビを見ながら新鮮な桜海老三昧。雲母さんセレクトの大吟醸は珍しく甘口で、香り立つのに料理の邪魔にならない。刺身もかき揚げも思った以上に美味くてしばらく無言で箸を進める。忘れてました僕としたことが、隣に座る雲母さんの顔が近づいて、軽いキスが降ってくる。おかえりなさいのをしてませんでしたね。オレからもキスの返礼。この時点で既に一升瓶を空けかけているので、雲母さんの頬はほんのりと染まっていて、毛穴はないしツルツルだし、いつもいい匂いがするし、至近距離でハルち見ると普通の神経だとパーンてなるかもねえ、伊達さんも言ってた。

オレと雲母さんはキスもするし風呂も一緒に入ること多いし、一緒のベッドで休むこともある。だけど雲母さんもオレも、お互いをそういう対象として見ていないんだ。思うに、オレはその基準から外れている、いや外してもらっていると言った方がいい。雲母さんはそっち側のオンとオフが機械のように精密で、それを完全にコントロールできる何か不思議な力がある。

テレビを見ながら、酒を酌み交わしながら、笑いながら、キス。軽いのもけっこう深めのも、まるで料理を味わうように。桜海老のヒゲってたまに刺さりますよね、柔らかな舌の感触を味わうように優しく愛おしみを込めて。そんなオレらは、伊達さんがいると一変、体の奥深くに小さな欲の灯を抱えながら、それを互いに与え合うように譲り合うように、全て逃さないように抱きしめ合う。

だから、たまにはこんなふうに、オレのオノレを気にすることなく、小さなウサギのフェイスバッジを喜ぶ綺麗なお兄さんとこうしてイチャこける。役得といえば役得、甘くて優しい、雲母さんとの時間。


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