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smashing! かわらぬきみのやさしみを

佐久間鬼丸獣医師と喜多村千弦動物看護士が働く佐久間イヌネコ病院。病院の経理担当である税理士・雲母春己。その雲母の元後見人はフリー弁護士・白河夏己。

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以前は年に数回だったのが、最近はほぼ月イチの頻度でハルが家にやってくる。いや、帰ってくる、というべきだろうか。実家っちゃ実家だな。

案件が押してなければ早めに終わらせて家に戻るようにしている。お風呂にはゆっくり浸かってくださいね、ハルから言われたので実践している。忙しいとついシャワーだけで済ませていたから、しょっちゅう手足が冷たかったりもしたが、ハルのおかげで年中指先まで温かくて助かっている。

駐車場にハルの車。ああ来てるな。エントランスから見上げるとベランダの窓から漏れる柔らかな灯。こういうのはなんだか胸の奥が擽ったいもんだな、柄にもないけど。エレベーター降りて玄関にカードキー差し込んで。ドア開けると漂ってきたのは鰹出汁の香り。するとキッチンでハルがなにやら支度しているようだ。

「ただいまハル。なんだどうした」
「あ!すみません気づきませんでした先生!」

もうすぐ出来ますから、着替えてらしてください。言われるままに着替えに。スーツもちゃんとブラシ掛けておかないとハルがやってくれちゃうからな。いつもなら後回しのケアも今日はちゃんとしとこう。楽なスウェット着てリビングに行くと、テーブルにきっちりと皿やグラスが並べられている。

ソファーに身を預け、タブレットで色々仕事の確認していたら、ハルが料理を運んで来てくれた。あ今日はうどんだな。透き通った薄茶の出汁の中にうどんと揚げ玉、ネギと炙った鶏肉。旨い。品があって、鰹が出過ぎていない。

「最近、おうどんに凝ってるんです」
「伊達くんのレシピかな?」
「ええ最初は。でも段々と試したいことが増えてきて」

伊達くんと付き合って変わったのはこういうとこだ。ハルは俺が引き取ってからもずっと聞き分け良くてなんでも完璧で。でもどうしても苦手だったのは「自分で物事をふくらませる」こと。基本は出来ても応用が難しい。それがあの事故の後遺症なのかそれとも、ハルの生まれついての性格なのか。俺にはずっとわからなかった。

卵だったらゆで卵、卵焼き、目玉焼き、スクランブルエッグ。そのほかにも温泉卵やらなんやら、レパートリーは無限にある。その中から例えばカスタードクリームを「自力」で見つけることができるようになった、言うなればそんな感じだろうか。

「実は今日、先生に差し入れ持ってきたんです」
「??このうどん?」
「いえ。僕も設楽くんも大好きな、伊達さんの」

なるほど「ずんだ餅」か。ハルの見つけたとっておきを俺にもこうして運んできてくれるその律儀さが、なんだろ、優しさにまるっと変換されているんだろうな。人と関わる醍醐味は、変化と成長、そういうことだ。

ハルが作ったこのうどんも毎回振る舞ってくれるいろんなご馳走も、俺にとっての至上の味へ変化していくのかもしれない。変化、いやきっとそうじゃないかもな。俺の場合は。

ハル自身はなにも変わっていない。ほんとはそれが嬉しいんだから。




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