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smashing! おいてきぼりをだきしめて・2

週末の仕事帰り、俺のマンションにやってくるスーツ姿の見目麗しいこの男。今日は珍しく言葉少なにしているなと思った。親友が家族旅行中の事故で亡くなったのだ、彼はそう呟いた。いつものようにこいつの好物の出前を取り、いつものようにこのまま朝を迎える。その流れを遮るような何かが起こっている、そんな予感がした。

「あいつの一人息子の後見人…そう、俺が引き取る事にした。親戚もいない。ただまだ事故の後のリハビリもあって、何をしてやったらいいか考えあぐねていてな」
「…大丈夫なのかお前のほうは」
「問題ない。小さな頃から知っている子だ」
「そうじゃなくて」
「俺が、そうしたいんだ」

穴子の天ぷらの乗った蕎麦はこいつの好物。マンションのすぐ向かいにある蕎麦屋からの出前は、今日も完璧な温度と仕上がりで届けてくれた。リビングで蕎麦を食べながら、美味いな、その美しい眉が、表情がゆったりと寛ぐのを見るのが好きだ。

この部屋に入ってから一度も触れ合っていない。軽口を叩きながらキスしたりハグしたり、そういう戯れ合いが全くない。仕事で疲れているのかもしれない、くらいにしか思わずに、それでも違和感は徐々に姿を現して。

「お前とは結構楽しく付き合えたと思う。感謝している」
「…え何、かしこまって」
「それじゃあ」
「あ、送るから待ってろ」
「心配ない。元気でな」

ありがとう、小さなつぶやきを残し彼はそのまま家を出ていった。一度も振り返る事なく。たかが数年、だが自分にとっては長い付き合い。上手くいってると思っていたし、このままずっと続くと疑わなかった。まさかその日を境に会わなくなることを、予想もしていなかった。

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「伊達くん、すまなかったな呼び出して」
「んや全然。こっちこそ、ありがとうねえケンケン」

白河に借りた「ママチャリ仕様」クロスバイクで白河のマンションの最寄り駅まで向かった伊達は、待ち合わせたネコちゃんの像(おそらくはライオン)の前に目立ちすぎる和服姿の男性を発見。伊達の友人獣医師・見郷賢吾けんごう けんご(略してケンケン)。数ヶ月前、伊達が学会のため出張した際、再会した昔馴染みである。粋な黒青色の紬の袷。だが足元は黒いハイカットスニーカー。ブーツっぽいのが良かったんだけどゴツかったから、ルールに縛られず好き勝手に小物を合わせるタイプ。伊達はクロスバイクを停めると、見郷に手渡された誕プレ入りショッパーをその場でいきなり開けた。豪快だな。

「うわあやったあ俺スニーカーってあんま持ってなくてえ」
「気に入ってくれて何よりだ。あ、俺とお揃いってわけじゃないから安心しなさい」

伊達は大喜びで黒いレザースニーカーの入ったシューボックスをショッパーに戻し、クロスバイクのかごに乗せた。すると一瞬、何か思い出したように見郷の視線がクロスバイクに向けられる。

「これ、伊達くんのチャリ?」
「んや、借りたんよ先生の」
「先生?」
「こないだ言ってた、俺のコイビトのねえハルちゃんの…」

ふわり、伊達から微かに香ったのは覚えのあるラストノート。この匂いも、この改造自転車も。伊達のパートナーである雲母という名字も。知っている。いや、知っていたというべきか。何もかもが潮が引くように記憶の形が現れていく。激情はもともと形をなさない仲だった。その頃お互いだけじゃなく他にも仲のいい連れはたくさんいた。それでも。

(夏己?)

未だあのドアに阻まれている。お前が出て行ったあのドアの、こっち側に置いてきぼりにされたままで。





前後編じゃなかったです。続きます。


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