見出し画像

smashing! かわるこころ かわらないきみ

佐久間鬼丸獣医師と喜多村千弦動物看護士が働く佐久間イヌネコ病院。本日水曜は午前中のみ。

商店街の近隣にあるマンション最上階、雲母の家であるペントハウス。昼過ぎから差し入れを持ってやってきたのは喜多村千弦。今日、佐久間は商店街のコミュニティセンターで行われる将棋教室に出る日。少人数ということで棋士助手・喜多村は放免となった。その代わりワンちゃんが見たいという生徒さんのためにリイコが同行。不本意ではあるが。将棋教室に差し入れると言って佐久間と一緒に作った稲荷寿司。胡麻やひじきの入ったものや、こっそりエビピラフ風なんかも入っている。大量に作った一部をお裾分けにやって来たのだ。簡易重箱に4段分ほど。

「あれ雅宗先輩ひとり?あいつらは?」
「二人とも仕事。俺はなんかの代休だったんよー」
「じゃあ雅宗先輩一緒に食べよう、俺もまだ食べてないんだ」

リビングに通された喜多村は、雲母宅に似つかわしくないが、色合いといい重厚なオシャレ度といい絶妙に「合う」家具を発見。先日雲母が購入した、家具調コタツである。

キッチンから稲荷寿司を並べた皿や何やら美味しいものを運んできた伊達は、久しぶりのコタツに入った喜多村が、その魔の暖かさに一瞬で囚われの身となっていたのを見た(もう出たくない)。

「雅宗先輩、これはやばいわ…」
「だろお?ほらビール持って来たん。千弦今日歩きよねえ?」
「やばい。腰据えそうだな」

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

「んだからさあ〜俺がね言ってやったのよお」
「うんうん」
「俺はハルちゃん大好きってねえ〜」
「はいはい」

先ほど佐久間からのメールで、今日は少し遅くなるとのこと。将棋教室の打ち上げ。先生来てくれたって町内会長とか岸志田マスターが喜んでるらしくて。喜多村は伊達に酌をしながらこぼす。佐久間先生は人気者だねえ。伊達は喜多村を宥めながら、伏せ気味のその睫毛の落とす影を見つめる。

俺とつきあってよ。流れでそう喜多村に告げたことがある。当時は佐久間とは何もなかったとはいえ喜多村は真摯に、それでもきっぱりと断ってきた。冗談で流した筈のその出来事も、伊達の心の中ではわずかに引っかかり続け、少しだけ痛んだりもした。振られたのなんて初めてだった。

あれから何年か経ち、佐久間と無事付き合い始めた喜多村を祝福し、仲間が増え、雲母に出会い、そして長年の付き合いだった設楽とも抱き合えた。そしてなんだかんだで三人で暮らし始めて、今ようやく辿り着いた「ここ」では。

不思議だな。あんなに自分を捉えて離さずにいた喜多村のことを、最近はこうして間近で見ないと思い出せないくらいだ。
そのかわりに心を占めるのは、同じような漆黒の髪。それでもしなやかで柔らかいそれ。滑らかな肌の雲母。そしてちょっとチャラいけど黄色か金なのか微妙な色合い、ヒヨコメッシュのあの硬めの髪。一見不敵にも見える茶色の瞳の設楽。

伊達の中の価値観も、心擽るものも、自然になるようになった感で、上手いこと上書きされているのだ。長い時間をかけながら。

「…ちぃたんは安定のカッコよさよね」
「なんだようそれ」
「ずっと可愛カッコいいんよね」

変わる、変わらない。そんなのどうでもいいから。ずっとそのままであって欲しいんだ。伊達は喜多村の髪をくしゃくしゃに鷲掴んで、泣いてんのか笑ってんのかわかんない顔で、笑った。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?