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ポートレート01 「しっぱい」

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ほんの偶然だった。雲母春己の元後見人である白河夏己弁護士の鞄の中身、いつもは目にしないような細々とした小物が、今白日のもとに晒されている(先生がうっかりロビーでぶちまけちゃった)。

「先生大丈夫でしたか、すみません気づけなくて…」
「いや、俺がうっかりして手を滑らせたんだ。ハルのせいじゃない」

広げてしまった「店」を黙々と回収する白河と雲母。愛用のシャーペン、チョコミントのど飴、ピルケース代わりの小さな巾着(じゅじゅキャラ)。雲母はそのひとつひとつにいちいち爆萌えしながらも、つとめて平静を保っていた。このホテルの最上階で得意先とに打ち合わせを終え、この後は雲母と食事の予定。くれぐれも回収し忘れのないようにしなければ。鏡のように手入れされたフロアの上、じっと目を凝らす。
色とりどりの花の生けられた大きな花器が飾られた、ちょうどその台座の下に、覚えのあるパスケース。ああよかった、どうやらこれで最後ですね先生。雲母は白河に声をかけ、そのパスケースを拾い上げる。

「あそれ、ちょ、ハル…」

拾った拍子に開いてしまったパスケースの中には、見覚えのあるような、すごい昔からの馴染みのような、あこれ僕じゃね?みたいなのが写った一枚の写真。よりにもよって「半目」って。

「…先生、これって…」
「いや、それはだなその…事情があってだな」

おそらく雲母の、大学入学前後のもの。何となく覚えているのは、当時の白河の助手がインスタントカメラを持っていたこと。ああ、確か撮ってくれたんだけど、何故か撮るもの全部がブレブレで皆で大笑いしたんだっけ。

「どうせならちゃんと撮れてるのを持っててください…」
「うん、すまん…でもなあ、ハルよ」

これ、すげえ力があって、疲れた時に見るだけで「全回復」するんだよ。な、不思議だろ?俺この写真に何度も助けられたんだから。

これから食事に出かけるのに、ロビーにはけっこう人もいたりするのに。気づけば雲母は白河に抱き付いていた。

「ハル、おい。なんだ?怒ったのか?」

白河は全く動じることなく、動かない雲母の背をぽんぽんと叩く。お前昔っから拗ねるとこうなっちゃうんだよな。ほら飯行くぞ。笑いながら鞄を手に、雲母を促し歩き出す。

臆面もなく全身全霊で。雲母が培った愛し方は、「親代わり」であった白河の中に、確かに存在していたのだった。





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