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smashing! たがいにひつようであれと

佐久間鬼丸獣医師と喜多村千弦動物看護士の働く、佐久間イヌネコ病院から新幹線と地下鉄で約3時間。そこは敷地内で数匹の猫が暮らす小さな寺。その寺の現住職・妙達こと佐久間達丸は鬼丸の兄。

夕方、境内や本堂の掃除を終え、達丸は寺の門を閉める。いつもならば見習い僧侶の徳河慶喜がやってくれているのだが、今日は急な用事で実家のほうに戻っていた。特に何事もなく、達丸は久しぶりにこの寺で一人で過ごしたのだった。

とはいえ住居部分では、達丸がすることはせいぜい風呂を沸かす程度。ありがたいことに全て徳河が済ませてくれている。しんと静まり返った居間のコタツの上、携帯が小さな音を立てているのに気づかず、達丸は簡単な夕飯を作るために台所に向かった。

「…やだわ出ない。どっか行ったのかしら達ちゃん」

寺の裏口、達丸に電話をかけているのは、幼馴染の真々部千秋。重厚なライダースにヴィンテージジーンズ、黒い長めの癖っ毛を一まとめにしたワイルドな美形で、180センチで100キロ近い巨漢だったのだが、本業のキャラクターデザイナーの仕事がハードになり90キロ弱に。せっかくの筋肉がしぼんじゃった、が最近の口癖だ。

こっそり入るのは気がひけるのよねえ、真々部は独り言を言いながら合鍵を使うと、寺の通用口から中へと入った。人気のない住居部分、いつもなら動き回っている徳河の気配がない。台所のほうから聞こえる微かな物音に、真々部は手早くブーツを脱ぎ、台所に急いだ。

「達ちゃん、何してんの」
「何って、飯作っとるんやけど」
「電話かけたのに!」
「ああ、どっか置きっぱだな、すまなんだ」

真々部が急に家に現れても全く動じることなく、好みの野菜とうどんで鍋焼きうどんを作りはじめた達丸。その後ろから覗き込んでいた真々部の腹が、急に大きな音を立てた。

「あらやだ」
「ママよお前飯は」
「急いでたから何も食べてないのよ、だって明日明後日お休み取れたから~!」
「しょうがない奴だな」

達丸は中身をそのまま土鍋に移し替え、さらに真々部のために肉入りの寄せ鍋に。ママよ運んで支度してくれ、真々部は嬉しそうに食器を用意し、手土産に持って来ていた達丸の好物の日本酒を手に、居間へと運ぶ。

「寄せ鍋嬉しいわ、今日すごく寒くない?」
「そうか?普通だけどな」
「信じらんないけどなんでいつも裸足なのよお!見てる方が寒いわよ!」

大食漢というわけではないが、あっと言う間に鍋をたいらげ、少しばかり般若湯も入って上機嫌な二人。上方漫才って粋よねえ、真々部は達丸と好みが似ているのか、同じところで笑い、しんみりもする。よっちゃんいないとお寺広く感じるわね、真々部が呟いた。

「まあ二、三日したら帰ってくるで」
「じゃあそれまで俺がここに泊まるわ、達ちゃん心配だから」
「ハハッ。ママがいりゃ心強いな」

真々部に洗い物を任せ、達丸は風呂を沸かして戻って来た。久しぶりに一緒に入るか、笑う達丸。そりゃそうよおガス代高くついちゃうし、真々部は当然のように着替えを二人分用意している。お風呂上がったらまたお酒呑んで達ちゃんにいろいろ聞いて欲しいことあんのよ、ささ急いで急いで。真々部は達丸を急かすように風呂場に向かう。

ずっと途切れることのない真々部の話も、相槌を打ちながら笑い時には諭す達丸の声も、この寺じゅうに消えることのない揺らぎになって染み渡っていく。

恋愛とは形は違えど、ずっと続いていくであろう安らぐ心を、互いの礎とするかのように。


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