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ポートレート07 「ただひとり」

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俺は庭師という仕事柄、ほぼ一年中草木と関わっている。全身に染み付いてる松や刈り込んだ葉の匂い。鋏で飛んだ枝やなんかで頬に小さな傷ができて、顔洗う時にちょっとチクチクするんだ。

結城卓、俺の恋人はいつも俺のそばにいて世話を焼いたりゲームに付き合ってて、一人の時間はいらないのかな、なんて心配になったりもするけど、時々ふっと姿が見えなくなって、数時間後に戻ってくる。付き合い始めの頃はその癖を知らなくて焦ったけど、段々と理由がわかってきた。俺も卓も、ちょっと似通ったところがある。

俺は時々、河川敷やちょっとした展望台。そんなところで一人になって「波動」みたいなのを整える。お腹の下の辺りに力を入れて、周りと一体になる感じで周りの「音」を聴く。
俺の仕事は木をうまいこと伸ばすってことなんだ。もちろん木や枝を切ったりする。それでもこんなふうに心をニュートラルにしておくと、余分な剪定を施さずに済んだりする。
夏、卓がどうしても一緒に行きたいって言うのでとっておきの場所まで連れて行った。静かな山間にあって吹き抜ける風が気持ち良くて、帰りに穴場の道の駅もあって。俺が山の中腹で風景を眺めていたら、軽いシャッター音。これいいでしょ、リリーザにもらった。見せてくれたのはポラロイドカメラ。中から撮ったフィルムを抜いて、浮かび上がる画を一緒に見た。

「…優羽はやっぱり実物のほうが可愛い」

ちょっとむくれてる卓が、もっと可愛いなって思った。

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俺たちは月2、いや3くらいで佐久間イヌネコ病院の2階、鬼丸さん達の家に遊びに行く。ご飯を食べたり呑み会したり。すると高確率で伊達さんや雲母ハルさん、最近増えた設楽さんなんかにバッティングすることがある。
今日は千弦さんから配信の棒が調子悪いんだって頼まれたのもあって、卓と夕ご飯を呼ばれに来た。

「おー来たかあ優羽!ちょっとさログインの時に読み込み悪くて…」
「ウチもそうだからそうかなって思ってた!待ってて今直す」

アップデートをし忘れたとか、何のことはない感じなんだけど、ここに来て「ありがとう」と労ってもらえるとすごく嬉しい。人の役に立てる、それが本業以外でもできる、そのことが。

千弦さんと最近のおすすめ配信を話してる間、卓はキッチンの方へ行ってて、大抵は夕食の支度をしてくれてる鬼丸さんにくっついてる。かと言って手伝っているわけではない。側でいろいろ話して、たまに鬼丸さんが卓につまみ食いさせてくれて。その度こっちの方見ながら楽しそうに「うめえ」みたいな顔する。

人懐こいあの表情とかけ離れた貌を知ってる。二人きりの時に見せる妖艶な瞳を思い出す。秒刻みで変わっていく卓の、俺はきっとほんの一部分しか知ることは叶わない。

時々一人になりたい俺と、きっと卓も同じ考えを持つ。

どっちも、どんな顔も本当だ。
たったひとりの、俺の相方。




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