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smashing! してんをかえみつめるひを

佐久間鬼丸獣医師と喜多村千弦動物看護士が働く佐久間イヌネコ病院。

今日は朝から男の娘・結城卓がヘルプに来ていた。ここの動物看護士・喜多村が、実家の父から申し訳なさげな招集がかかり、学校関係のイベントに駆り出されたのだ。奇しくも今日はクリスマスイブ、サンタコスチュームが俺を待っている、などとよくわからないことを言いながら、結城に業務を託してリイコと共に出かけて行った。

年末だがさすがにこの日はそれほど患畜は訪れず、暇ではないが多忙でもない丁度良さ。結城はテーマカラーのピンクのスクラブで、馴染みのワンちゃんネコちゃんとよろしくやりながらも、午前・午後と、喜多村の代理をソツなくこなしたのだった。

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「鬼丸ただいまーーー!ありがとな卓!」

夕診終了後すぐに喜多村が帰還。空腹が限界なんだ。そう言って着の身着のままソファーに座った。今日着ていったのはカジュアルスーツだがまあまあのグレード。よって佐久間はチラ見しかしていない。上着は脱いでいてもワイシャツが反則(見てないけど目の毒)胸ポケットに裾入れたネクタイが反則(見てな・略)。佐久間はまだその全容を正視できずにいる(見てる)。父の千月とともに学校を数校巡り、そこでの各イベントにも顔を出し、トナカイのツノのついた飾りを付けたリイコは生徒に大人気だったという。

「パ…父さんが持ってけって、焼酎くれた!」
「千弦、パパでいいよ。俺もそう呼ぶよ」
「千弦がパパ言う自体オカルトじゃんね」

今日はクリスマスイブだが蒸し料理。飼い主さんにいただいた小ぶりの肉まんが大量にあるので、それと鶏肉とゆで卵の甘辛煮。喜多村の買っておいたチューハイ(クリスマスバージョン缶)。佐久間家のクリスマスはこんな感じだ。

「あー美味し。落ち着くなあ鬼丸んち。こうやってサラッと流したかったんだあ」
「?なに流すって?」
「ん、俺の誕生日」
【【 ……えーーー聞いてないんだけど!!】】
「言ってないからね」

俺はそういうの誤魔化すの上手いの。喜多村のチューハイを呑みながら、蒸したての肉まんを頬張る結城。俺には誕生日なんてないの年取らないの。思わず納得しそうな名言やめてもらっていいですか。

「えでも優羽は知ってるよね?」
「知ってる」
「てか何で俺ら今まで不思議に思わなかったんかな…」

じゃ、ちょっと待ってて。なぜか喜多村が席を立ちリビングから出て行った。佐久間は冷蔵庫や食料庫を物色、クリスマス仕様のチョコレートや可愛らしいものを取り出して結城の前に並べていく。

「卓、誕生日欲しいもの言ってみて?」
「ありがと、でもほんと…大丈夫」

俺らにもお祝いさせて欲しいんだ、佐久間の言葉に、拗ねているのか照れているのか定かではないが、結城はぶっきらぼうに礼を言った。するとリビングのドアが開いた。イケメンサンタがあらわれた!喜多村が今日使用したサンタ衣装を装備してきたのだ。

「サンタさんが来たよ来ちゃったよ〜!」
「…お前そういうの一番似合うな千弦」
「似合うけど、なんか胡散臭いんだけど」
「そこは安心で安全な俺。卓これ、開けてごらん」

喜多村が両手で大事そうに抱えているのは小さな箱。結城が受け取ったそれを開けると、中にはピンクの小さなネコのぬいぐるみ。琥珀色の大きな目が、結城を彷彿とさせた。

「…えこれ、まさかオーダー?」
「そうそう。鬼丸のおささなの真々部さんがね、こないだ置いてったやつなの。その子は卓のイメージなんだってさ」
「…そか、ママちゃんが皆の分作るって言ってたやつか」

誕生日だったら渡すタイミングバッチリだなと思って。少し頑なになっていた結城の頬が見る見る柔らかく解け、ぬいぐるみを抱きしめた。佐久間と喜多村は思った。くっそ可愛いけど、この男の娘こう見えて俺らより全然「上」。

「うんごめんありがと。昔からさ、イブが誕生日だと一纏めにされがちだったから、言わなくなったんだよね俺」
「どっちも一大イベントなのになあ」
「大丈夫!なんだったら二、三回お祝いしようよ。俺らと、伊達さんとこと、優羽と一緒でと」

千弦それこそ一纏めなってる。えーごめえん卓。二人が戯れ合う姿を見て、結城はちょっとだけ自分の見ていた角度が変わった気がした。欲しかったら自ら行く、そんな自分の信条を、仕事では操れても自分の内面で活かせたことはなかった。

「えっと、じゃ俺さお願いしてもいい?」

いままで優羽以外にしたことのなかった「お願い」を、この二人になら出来そうな気がする。きっと大丈夫。そしてあの伊達くんたちにも。


扉ってのは自分で開けなきゃ、向こう側からは開かないようになっているんだから。




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