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smashing! かりのすがたであじわって

大学付属動物病院獣医師・設楽泰司。週一で佐久間イヌネコ病院に出向している理学療法士・伊達雅宗は彼の先輩で恋人。伊達は佐久間の病院の経理担当である税理士・雲母春己とも恋人同士だ。

伊達さんのあとすぐにオレの誕生日が続くから、その間もお祭りイベント大好きオレら伊達軍団ではずっと何かしらの祝いが続いている。夏が過ぎ秋も深まった10月末、ハロウィン当日ギリギリに生まれた俺は、なんやかんやで数秒後の翌日が誕生日になっている。伊達軍団には全員、誕生日がふたつあったりするのだ。

お前の誕生日は世界的に賑やかしくていいねえ、伊達さんはジャックオランタンの小さいのや大きいのを家中に飾っては、雲母さんが喜ぶのを楽しみにしている。オレが喜ぶ方がしっくりくるのでは、そう言うと伊達さんは遊びに来ていた黒猫につるつるした黒いミニケープを巻いてやりながら笑う。

「あー可愛いねえトメコ。ハルちゃんガチでこういうの好きだからねえ、飾り付けにも力入るんよ♡」
「雲母さんが喜んでくれるのはオレも嬉しいですが」
「んん?」
「もっと、オレにも、こう…」

ただもっと、こう。集中してほしい。オレにも。具体的でなく曖昧な表現をするしかないオレに、伊達さんはちょっと考えてトメコ用の魔法使いの三角帽子を頭にのっけてくる。ヒョコくんこれで勘弁してえ、肉ご飯作ったるから。とはいえオレは伊達さんと雲母さんに不満など微塵もない。家中に所狭しと並べられたオバケやスパイダー、カボチャの群れも、二人がオレのために揃えてくれたのも知っている。

白河先生の手伝いで出ている雲母さんからメッセージ。さハルちゃん戻る前にご馳走作ろっと、伊達さんは張り切って台所へ。座って待っているというのも落ち着かないのでこっそり台所を覗くと、来た来た、みたいな顔した伊達さんが鍋を混ぜている。味見るう?無言で頷くオレに小皿でなくレードルを向けてくる。それを直で啜る。目から閃光出るほど美味い。ビーフシチュー今作ったんですか早くないですかここまで味が出るのって。そしたらいつものドヤ顔でもって、二、三日前から仕込んで冷凍しといたからねえ。いつのまに。同じ家にいてもよく気配を見失うから、こういうことはよくあるのだけど。

外から響いてきたのはワーゲンのエンジン音。お迎えよろしくねえ設楽、伊達さんはまだすることだらけらしいので、雲母さんを迎えに外へ。雲母さんは両手にいっぱいのレジ袋を下げガレージから出てきた。ただいま戻りました。沢山買い込みましたね、雲母さんの荷物を持とうとして目が合う。オレより6センチ高い上背で小首を傾げ、オレの顔をまじまじ眺める。そして雲母さんの顔が近づいて、オレの口元をぺろりと舐めた。

「美味しいのがついてます」
「あ、さっき伊達さんのビーフシチュー…」

ガレージの入り口、片隅に隠れるようにキス。オレの口元も中も余すところなくゆっくり味わわれて。穏やかだけど胸の奥が痺れるように熱い、衝動を伴わない、それでも十分に蠱惑的でもある、オレと雲母さんの戯れ。

「内緒、ですね」
「問題ありません、伊達さんは全部お見通し、ですから♡」

ハロウィンは確か、自分ではない仮の姿を纏って悪霊の仲間だと思わせる。それは数多の災いから身を守るため。本来パートナーである伊達さんを欺く、そんなオレらはある意味「仮装」をしているに違いない。

ここならジャックの頭もオバケも、僕らなんか見ていませんから。母家から漂ういい匂いに肉っぽいのも混ざって、空腹も限界ぽい。雲母さんとオレは顔を見合わせ微笑みながら、あとちょっとだけ。悪霊を惑わす仮の姿で、緩やかなキスの続きを楽しむのだ。


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