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smashing! そのこえでよんで 前

小さな頃から自分の考えがうまく言えず、欲しい物を欲しいと言えたこともなかった。しっかりした兄、気ままな弟、そして年の離れた、聞き分けのいい弟たちに囲まれて育った。設楽家六人兄弟の次男・設楽泰造34才。

泰造はフリーライター。くしゃくしゃの真っ黒な癖っ毛、前髪の隙間から覗く目元は、兄弟の中でも特に五男の泰司と似ている(他人からは兄弟皆同じ顔と言われるが)。中堅の広告代理店を経営する友人のお陰で、それなりに忙しい毎日を送っていた。フリーという働き方は、昼夜問わず忙しくともほぼ自宅で事足りる。あがり症で人見知りの泰造には、それが一番の魅力だった。そしてある程度は、自分を外界から守ることが出来る。

地元の情報誌に載せる記事、有能な弁護士を特集する機会があり、人物描写に特化していたライターの泰造に、記事作成の話が持ちかけられた。インタビュー形式は得意ではないがそうも言ってられない。何かあったらこれまでに培った『人当たり良さそうに見える対人スキル』を発動すれば良い。営業とスタッフ数人、その中で行われた取材。約束の時間よりもかなり早くやって来たゲストはフリー弁護士の白河夏己。

幸いなことに進行役はスタッフが担当。泰造は輪の外側で、とにかく漏れのないように詳細を記録していく。もちろんボイスレコーダーは使用するが、場の雰囲気、そして何よりその人物の一挙一動を、五感を駆使し頭に叩き込むのだ。あとで書き起こすであろう当たり障りのない内容の文章に、リアル感という花を添えるために。

アイボリーを基調とし、寒色系で統一されたミーティングスペース。白河の仕立ての良さそうなネイビーのピンストライプのスーツがとても映えていた。穏やかだがしっかりとした意思の感じられるバリトン。端正な顔立ちをした彼はその年齢よりも遥かに若く見えた。時折織り交ぜる軽口には軽めの昭和感が漂い、見た目とのギャップも愛嬌がある。流れるようにスムーズに進むインタビューの中、どうしてフリーの道を選ばれたのですか?スタッフの問いに、誰も気付けない程の些細な、慈愛に溢れ、花が綻んだかのように見えた表情。薄紙一枚ほどのONとOFFの差を、泰造は感じ取った。

「自由な時間は何より、自分と周りの存在にこそ価値があると思うから」

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「だめだな、これじゃ…」

初稿アップの期限が迫っているというのにまとまらない。イメージ先行で記事を纏めていく自らのやり方が、今回に限って邪魔をしていた。

あれから病的なくらい検索し続けている白河の姿が、心のうちに収まり切らず溢れどうにもならない。この年まで他人と深く関わったことがない。友人関係にしろ恋愛にしろ、臆病で怖がりの自分はいつも逃げ腰だった。

白河とは一度だけ目線が合ったような気がした。自分は確かに認識されていたはずだ。何度も呪詛のように繰り返し思い込む。一瞬見せた彼のあの貌を、自分に向けてくれたなら。そしてもっと間近で見られたなら。自身の弱気な性格も忘れ、泰造は白河に引き込まれていく。

先日の兄弟達からの電話で知ったのは、五男泰司の近況。あいつ大学の先輩と暮らしてるよしかもその彼氏とも。なん?さん?仲のいい三角関係?何その高度な恋愛スキル。弟の泰司と付き合うことになった伊達という彼氏さんは、余程の目利きだなと泰造は感じていた。弟は昔から無口でクールに見えたが、それ以上に情熱的で熱い魂を持っている男子だった。確かに面倒な時もあるけども。彼氏さんはその事に気付けたに違いない。

後日、設楽家の実家。祖母の買い物に付き合った設楽泰司は、好物のメロンアイスを買ってもらって上機嫌。いくつになってもご褒美は嬉しい。居間でアイスを食べながらテレビを見ていたら、数日前いきなり連絡してきた兄の泰造が現れた。それこそ何年振りかに敷居を跨いだと思ったら居間に突進、相談に乗って欲しい、の一点張り。あんたこんなキャラだっけ?

「弁護士でスーツでオシャレでスラっと背が高いんだ」
「うん」
「ちょっと調べたら、長身痩躯のメガネの美形くんと写った画像がこれでさ」
「…ん?」
「自宅にそのメガネくんが出入りしているみたいなんだけど」
「…知ってる人だな多分」
「え?え?なんで知ってんのお前」



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後編に続きます。

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