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smashing! すこやかなるときもあなたと

佐久間鬼丸獣医師と喜多村千弦動物看護士が働く佐久間イヌネコ病院。そこで週1勤務をしている、大学付属動物病院の理学療法士・伊達雅宗。彼は佐久間の病院の経理担当である税理士・雲母春己の恋人。

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日付が変わる前に帰宅したかったが中々そうもいかない。自宅のペントハウスに向かう雲母は直通エレベーターの中で深く息を吐いた。かなりタイトなスケジュールをこなせて気が抜けたのか、もう何も考えたくないほどに疲弊しているのが自分でもわかった。

カードキーを差し込みドアを開ける。間接照明のみが灯る家の中を慣れた様子で進み、リビングのローテーブルにカバンを放ると、そのままローソファーに倒れ込んだ。コートもスーツも窮屈でいけないな。皺になるから脱いでしまわないと。そう頭ではわかっていても、今は指一本動かしたくなかった。ねみーよだりーよもーなんもしたくねー。伊達のよく溢す愚痴をこっそり真似て笑う。

この間。ハルちゃんが忙しくなる前にいろいろ遊ぼう。そう言って伊達と設楽はここで雲母と一緒に過ごしていた。秘密基地に身を寄せる子供達のように、三人で小さなイベントを作ってはお祝いしたり、設楽の作る豪快な「大家族ご飯」を堪能したり。

仕事がどうのとか、そういうことではなく只、あの二人ともう少し一緒に過ごせたら。雲母の心の片隅でひっそりと息づく柔らかなものが、こんな日はことさら脱力感に加担する。

その時、薄闇が一瞬で光に溢れた。リビングのライトが点いたのだ。驚いて思わず起き上がった雲母の前に、キッチンの方から伊達が現れた。

「ハルちゃんおかえりー!」
「伊達さん!えいつから…」
「ほんとはさビックリさせちゃおって思ってたん。でも仕込みに時間かかってねえ。今までキッチンにいたのよ?」
「全然気づかなかった…」

伊達は座ったままの雲母を抱きしめ、その頬に口付け軽く音を立てた。くしゃっと優しげに細められた目元。ああなんてこと。萌えた、と同時にお腹まで鳴ってしまった。食欲と何かの欲がごっちゃになっている。ご飯持ってくるわ。笑いながらキッチンに戻っていく伊達。雲母はようやく立ち上がると、コートと上着を脱ぎ、背もたれに引っ掛けた。

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雲母の前に置かれたのは丼。炙った鴨肉に甘辛いタレ、あさつきと香りのいい刻み海苔が散っている。すごい、これ佐賀海苔ですね?雲母の満面の笑み。ハルちゃんはほんと詳しいん。雲母の好きな壺漬けも勧めながら、伊達もつられて笑った。

「ハルちゃんは香り食いなんよね。鼻がいいんよ」
「ンフ。僕の嗅覚はワンちゃん並なんですよ?」

美味しいものを食べて元気が出たのか、雲母の頬に赤みが差している。ちょっと待っててね。再びキッチンを往復した伊達の手にはデザートプレート。
繊細なジェラートの花弁を重ねた小さなバラが咲いている。口に入れると滑らかに喉を通り過ぎ、ひんやりと甘く身体中に染み渡る。

「お疲れ様ね、ハルちゃん」

優しい酸味のラズベリーとバラの香りに何故か涙腺が緩みそうになる。嬉しい、ともまた違った感情。こんな時間まで待っていてくれて、精一杯気遣ってくれる。雲母は少し鼻を啜って、伊達に向き直る。

「ありがとう、伊達さん」
「ん」

雲母の差し出した腕に応え、そのまま隣に座った伊達は、雲母のセルフレームをそっと外してテーブルに置いた。何時見てもきれい。雲母が緩く微笑んで、伊達の呟いた言葉をその唇に返す。バラとラズベリーの香りが心地いい。次第に深く重なり合う体の隙間で、伊達が小さく笑った。

「…ハルちゃん、ちゃんと元気」
「…ンフフ…ククッ…ほんとですね」

疲れなんとか、言うやつよね。なぞるようにそこを滑る伊達の手の平に、押し当てるように雲母がゆっくりと腰を動かす。しばらくそんな感じに楽しみ、そして同時にソファーから起き上がる。

「ハルち、明日っていうか今日は?俺休みなんよ」
「ちょっと確認しますね……えっと、夕方に一件…」
「夕方に?」
「あ!日程変更して欲しいってメールが…」

雲母は秒速でメールに返信、鞄の中にタブレットを放り込むと、伊達を引き寄せ強引なキスをかました。てことは今日は…。

「伊達さんの、貸切、ですね」
「ハァルちゃぁあんんんんん♡」

こんな風にいきなりのホリディを楽しめたりするのも悪くない。雲母は伊達とじゃれ合いながらバスルームに向かう。アップダウンを楽しめてこそ、伊達との擽ったい掛け合いにも力が入る。


設楽くんも勿論のこと。
彼は僕たちに欠かせない「絶対的彼氏」なんですから。





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