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smashing! おまえのしんのこたえを

佐久間鬼丸獣医師と喜多村千弦動物看護士が働く佐久間イヌネコ病院。そこで週1勤務をしている、大学付属動物病院の理学療法士・伊達雅宗と経理担当である税理士・雲母春己は付き合っている。そして伊達は後輩の設楽泰司とも恋人同士だ。


大きな入道雲と群青に近い空のなんという強烈なコントラスト。夏というのはこういう色をしてるんだねえ。朝からとても暑い。設楽と一緒に陽を避けながら、小さな菜園の手入れをしたりした。午前中で終わるはずがけっこう時間食った。そのかわりご近所さんから相当数の差し入れをいただいたりしたんよね。つい話し込んじゃったってのもある。

設楽はタンクトップ、日避けのついた作業帽。麦わら帽子みたいので首のとこに布ついてんの。こないだ実家行った時に弟にもらったらしくて、すごく気に入って被っている。遠目だとおじいちゃんみたいとかあえて言わないでおく。タンクトップてのは動きやすいのと、日焼けしたいからなんだろな。俺は真っ赤なっちゃうからねえいつも作業ん時は長袖パーカーとか。こいつは日に焼けても肌が荒れたりしなくて、そのまま赤銅色に近く綺麗なまま。そんで褪せるのも早い。

日が少し傾いてきて、ざあっと吹き抜ける風の匂いが変わる。焼けつくような熱風の中に混じった湿った草の匂い。ああ、これもうすぐ降りそうですね。設楽が鍬なんかを片付け始める。えまだこんな晴れてるのに?言うが早いか遠雷が響き始めた。遠く陰る山の麓から細かな音と黒い雲が鬩ぎ合うように疾走を始め、見る見るうちに曇天に覆い尽くされた空から大粒の雨粒が落ちてきた。痛いほどの激しい夕立。

「すっげギリ間に合ったねえ」
「早く気づけてよかったです」

設楽と玄関に駆け込むと同時に降り出した夕立は、ばちばちと音を立てて辺り一面泥の川になる。風呂沸かしといてよかった。二人いっぺんに入るから効率的よね。汗も泥も全部すっきり洗い流して。珍しく何もせず先に上がった設楽は台所へ。日曜とか休みの日は雲母ハルちゃんが、普段なんかはこいつが飯作ってくれる。俺はたまにしか出張らないんよね。食べたいな、食べてもらいたいな思うものがある時くらい。

夏と言ったらハルちゃんが買ってくれたステテコ。それに着替えて居間に座ったら、設楽が色々運んできた。あ、これジャージャー麺みたいのだねえ。野菜の大量さ加減が明らかにおかしいけど。夏は冷たいのが多いから、こういうあったかくて辛めの混ぜ麺って嬉しいねえ。これ一皿で野菜もしっかり採れますから。設楽には俺の考えバレバレのことが多い。

今日は設楽が見たい言ってたライブ配信を流しながらの夕飯。熱心に見入ってる設楽のほうを時々チラ見しながら麺を啜る。設楽は暑いって言って下だけステテコで上はオーバーサイズのタンクトップ。日焼けした肌が滑らかに光を弾いて、つやつやのパンみたいなってるん。まあ俺の比喩はいいとして、すごく色気があるなって思うんよ。

「この格好」
「ん?」
「…伊達さん好きですよね」

お前だったら何でも似合うからねえ。小さく笑って黙々と麺を食べる。雲母さんから明日の夕方には帰れますって。今ハルちゃんは元後見人の白河先生の手伝いに出かけてる。俺にもメール来てた。そう言ったら、お土産たくさん買ってきますねって雲母さんが、設楽がニヤつきながら答えた。え待ってお前なに電話してんの俺のハルちと!ずーるーいいいいー!

お礼に俺が洗おうかね。食器の後片付けしてる間、設楽が配信の続き観てなにやらウケている。どうやらなんとかフェスをドローンでお祭りぽく中継しているらしい。伊達さん今度ウチもドローン欲しいです。お前それ絶対ハルちゃんに言ったらあかんであの子ソレ系大好物だから。えーダメかあ。大袈裟にしょげている。もー全部聞いてやりたくなるんよウソって分かってても!

戸やら窓閉めて回って居間に戻ったら、設楽が居間の続きの部屋に布団敷いている。まだこんな宵の口なのに。今日ここで寝ましょう、いい酒もあるし。いいねえ家にいながら旅館みたいねえ。設楽はすごく嬉しそうにしてる。表情は変わらずだけど。実家から貰ったっていう長谷川。気付かないうちに設楽が庭で取れたキュウリでもろきゅう作ってくれてた。

旨いなあ。旨いですね。いつのまにかテレビに切り替わってたの知らなくて、あれこんな懐かしい映画やってんだ。民放ですね。切ない系の映画だと思ってたら思いっきりコメディだったやつ。設楽とすげえ笑って、結局一升空ける感じになった。あ俺は弱いから呑んだのほぼ設楽なんだけども。

いい心持ち。布団まで這ってって、そのまま寝転んで。隣に滑り込んできた設楽の体が熱い。てか熱。暑っ苦しいお前。俺このまま溶けたいです伊達さん中で。んな台詞言うだけ言ってドヤって顔してっけど、多分そのまま寝落ちるよねお前。酔ってても繊細な動きをする手、覆い被さる体。そんなに呑まずにいてよかった、寝ちゃうとさもったいない思うんだよ俺。

スローなんとか的な一連の流れ、入れずに出すみたいなことになって、ああ、こういうのも嫌いじゃないねえ。設楽は仰向けで俺を小脇に抱えるみたいに小さな寝息を立てている。ハルちゃんとはまた違った綺麗な造り。こう見えて可愛いところ、一緒に過ごすようになって沢山見つけた。あのまましたい時にする相手としてだったら、ここまで続いてなかったかもしれない。それか先に設楽と付き合ってたら、こんな優しい日々は送れなかったかもしれない。眠る設楽は当然だけど脱力してて、俺に全身を預け切ってる、そう見えた。俺を心底信頼してて、疑いは微塵もないんよ。

もし、があったらどうしよう。あってはならないことだって心に浮かんでくることがある。まさか、が奇しくも合致してしまったらってことも、この先ないとは言えない。俺は思うんだよ、こんな風に指輪で拘束して退路を絶っても、設楽が、ハルちゃんが、俺から欠けてしまうことがあるんだろうか、って。

指先を伸ばして、眠る設楽の首に触れる。とくとくと脈打つ鼓動はいつも感じる速さで。進んでいく俺の指先が辿るその先。急に設楽が動いて、俺の手を握り喉元に押し当てた。

「急所はここ、です」

一気に体温が下がった気がした。設楽はそれだけ言って、とすんと腕を落とした。夏の夕立、激しい雨はいつのまにか止んで、しんと静まり返った中で、低く聞こえてくるのは水田の蛙の鳴き声だけ。再び寝息を立てる設楽を見つめたまま、俺はその肩先に顔を埋め、いつのまにか寝落ちてた。

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翌朝。隣にはもう設楽はいなくて、昨夜のことが引っかかったままの俺は起き出して設楽を探した。キュウリまた食いたくて。庭から戻ってきた設楽にそれとなく、あの話をした。

「そんなこと言ってました?」

あこれ本当にわかってない顔だね。寝言にしては怖すぎるんよお前ほんともう。寝言なんだから気にしないでくださいよ。それより昨夜ちゃんとできなかったから、もっかい。朝から何のお強請りかこのヒヨコ頭。顔を擦り付けてくる設楽の頭を抱え込んで、渾身のチューをかましてやる。じゃあ風呂いこ風呂。設楽頭洗ってえ。御意。もし設楽の心が読めたなら俺はもっと後悔することになったと思う。

伊達さんが んでくれというなら喜んで。

ほら、聞こえるはずなんかないその答えが、こんなふうに胸の中から湧いてきたりするんよ。


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