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【児童文学】傷だらけのヒーロー

 階段をかけ上がった元太は、自分の部屋のドアをバーンと力まかせに閉めた。天井を見あげた口はへの字にまがり、にぎりこぶしがプルプルふるえている。
 ドアの外から、少しイラついたママの声が聞こえた。
「だってしかたないじゃない。もも熱があるんだから」
「わかってるよ」
 妹のももが風邪をひいた。そんなときに遊園地に行けないことくらい、元太だってわかっている。
 だけど元太は、遊園地でやっているヒーローショーに行くのをずっと楽しみにしていた。今日はヒーローショーの最終日、最後のチャンスだったのだ。
「パパは仕事でいないし、ママだってトルネード戦士ヒロトとあくしゅしたかったわよ」
「ママと一緒にするな!」
 元太は、泣きたくなるのをがまんした。
「とにかく、ももを病院に連れて行くから、るすばんしててよね」
 ももを気づかうママの声と、玄関のドアが開く音が聞こえる。カチャとカギをかける音がすると、シーンと静かになった。
 元太は、ため息をひとつついた。それから、ピシッとのばした腕をかっこよくまわして、トルネード戦士ヒロトの変身ポーズを決めた。気をまぎらわすためだった。けれど、どこからともなく力がみなぎり、何でもできるような気がしてきた。
 机の上によじ登り、思いっきりベッドに飛んだ。
「トルネードキック!」
 枕に、後ろまわしげりをおみまいする。枕がぶっとんで、めざまし時計がガッシャーンと落ちた。ジリジリ鳴っている。そんなことはもうどうでもいい。
 部屋を出て階段の前に立った。
「トルネード戦士、ヒロト!」
 元太は胸をはってそうさけぶと、踊り場まで一気にかけおりた。体中にパワーがみなぎっている。
そのとき、いっぴきのハエが目の前を通りすぎた。
「ロックオン」
見失ったらヒーロー失格だ。ハエの行方を目で追う。
「おれをなめんなよ。えいっ!」
 ハエをめがけて思いっきり飛んだ。
「いってぇぇー」
元太は、階段の下であお向きにたおれていた。背中とおしりがズキズキする。情けない。
「かっこ悪いな…… だけどおれだって、ヒロトになりたいんだ」
 力のぬけた元太は、ボーッと天井を見つめているうちに、いつのまにか眠ってしまった。
いきなりママのキンキン声がした。
「元太! そんなところで何やってるの?」
 ママとももが帰ってきた。
「おれは、傷だらけのヒーローなんだ」
「あら、そうなの? ヒーローは傷だらけになっても、立ち上がって最後は勝つものよ」
 ママはそういって、さっさと行ってしまった。
「おにいちゃん、ママがね、来週プリンセスショーに連れて行ってくれるって」
 ももが元太の顔をのぞきこんでうれしそうにいった。

生活教育 2017.10 掲載作品

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