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誰でもないオノ・ヨーコへ。北條知子「Unfinished Unfinished 未完の未完」展を観て。

オノ・ヨーコと聞いて思い出すのはどんなイメージですか?

やっぱりジョン・レノン。

彼らを引き合わせた、天井に描かれた小さな「YES」。
私がパッと思いつくのはグレープフルーツ。
有名なのはカット・ピース?
お尻ってイメージもあるかも。
個人的には楽しい作品がポンポンと思い浮かぶ好きなアーティストの一人。

でも世間一般ではどうだろう。

オノ・ヨーコ。
現在では前衛芸術家の大家として知られているが、パートナーが有名過ぎる故にあらゆるゴシップでイメージを無尽蔵に塗りたくられて、未だにその偏見はどこかしらで燻っている。

私の母は世代のせいなのか、熱狂的なビートルズファンだったからなのかわからないが未だに彼女に良いイメージを持っていない。
母の口から出てくるオノ・ヨーコのイメージは「お嬢様(蔑みを含んで)」、「あまり美人でないのに自分では美人だと思っている」、「とにかく変わった人」。

母と私のイメージの隔たりの分厚さはどうして作られたものなのか。

本当の彼女は何を発していたのか。或いは発さなかったのか。

現在開催中の展覧会、北條知子「Unfinished  Unfinished 未完の未完」ではそんなことを考えさせられる。

本展は1966年にロンドンのインディカギャラリーで行われたオノ・ヨーコの展覧会「Unfinished  Paintings and  Objects」を基に、オノの記録されなかった作品、オノ自身の「沈黙」に焦点を当てた作品で構成されている。

会場は千住大橋にある元冷凍マグロの倉庫をリノベーションして造られたsoco1010

象徴的な元冷凍室が会場中央に君臨している。靴を脱いで、防音加工が成された頑健な部屋に上がると、冷凍機能はもう働いてないのに空気がしん、としている。

漆黒の空間の左右の壁に、対になって《やかましい囁き》、《静かな叫び》が展示されている。

前者には彼女に対する誹謗中傷、下品な憶測が書かれた言葉が、後者には彼女をアーティストとして誠実に評論するか、或いは同情、或いは崇拝の言葉が、膨大な数の過去の雑誌等から抜粋され切り抜かれびっしりと貼り付けられている。

遠目に見ると白と黒の美しい抽象絵画のようにも見える。

二つの作品の中の罵詈雑言と評価の言葉を読み込んでいると、部屋の四隅に一つずつ置かれたスピーカーから音声のみの作品《I am Listening to You》が徐々に音量を上げて迫ってきて、室内に緊張感を走らせる。

この作品はレノンが射殺される2日前に行われたインタビュー音声から、オノの言葉だけを抜き出した作品。
多弁なレノンに対しオノは彼の話に理解を示す意味での「huh」や「yeah」などの相槌がほとんどで、前半は静かな息遣いのよう。
しかし後半は「no,no」等はっきりとした単語が徐々に重なり合い会場中に響き渡る。
まるでオノ自身がそこで叫んでいるかのように。

改めて前述の対になった作品を読み進めると、実は前者が全て批判で後者が全て擁護とは言い切れないような言葉も読み取れる。
それは読み手の受け取り方次第ではあるが、敢えて北條が「あわい」を残してくれたようにも感じる。

人は誰しも外と内から自分自身を認識させられる。
自分ではこうだと思っていた性格を、他人からこうだと言われてみると「あれ、意外とそうだったのかも」と思い直すことなんてざらにある。
誰かに認められて初めて自分の長所に気付くこともある。
かと思えば、他人にどう言われても、賛同者が一人もいなくても曲げない何かを持っていたりもする。

私の母がオノ・ヨーコに対して抱いているイメージを私は「酷く悪質な偏った考え」と思っている。
しかしそれもまたオノ・ヨーコを象っている一つである。
そして同様に、彼女を誹謗中傷から擁護している言葉だけが正しいわけではない。
擁護というのは時として「同情」という色眼鏡をかけて静かに暴力を振るうこともあるからだ。

面白いのはイメージの海に深く潜れば潜るほど、彼女の輪郭ははっきりとするどころか茫洋としていくところだ。
アーカイブが示してくれるのは「ひとつの真実」ではなく「多面的な視点」、ただそれだけだから。
乱暴に言えばどれもオノ・ヨーコではなくてどれもオノ・ヨーコなのだ。

扉には夥しい数の引用元の参考文献名がひっそり掲示されている。
それをつぶさに読み込み、作品として昇華させる部分を黙々と厳選している北條の姿が思い描かれる。
聖女か、はたまた悪女か、一挙手一投足を大袈裟に嘯かれがちなオノのことを、北條は何かに喩えもせず、こうであると訴えもしない。
ただ、オノ・ヨーコという人物について語られている記録から、語られていない余白を感じさせた。
その繊細な表現方法にアーティスト北條知子の軽やかさを見ることができる。


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「喩でもなく訴でもなく vol.1」
北條知子「Unfinished Unfinished 未完の未完」

日程|2020.10.13 [火] – 2020.10.25 [日]
時間|14:00 – 20:00
休館|10.15 [木]、10.19 [月]、10.22 [木]
会場|soco1010:東京都足立区千住橋戸町22-48
   >ACCESS
料金|無料

※北條知子は「さいたま国際芸術祭2020」内の企画展「I can speak ー想像の窓辺から、岬に立つことへ」にも参加しています。
是非こちらも併せてご覧ください。






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