角田将太郎第3話_cover

第3回 哲学と生活を近づけるひと

哲学の始まりは野球部?

小学1年生の頃から野球やってたんですけど、僕うまくなくて、下手で、全然活躍できなかったんですよ。だけど、自分の父親がそのチームの監督をやっていて…。僕が活躍しないと朝でも昼でも夜でも関係なく、練習に連れまわされたんですね。

それが嫌で、本当に嫌だったので、よく寝たふりしてたんです(笑)。父親が練習に連れて行くぞって瞬間が分かると、その時に寝たふりをして避けるっていう方法を身に着けて。父親の様子をうかがって逃げる術を駆使していました。

たぶんそのころからちょっとずつ、人の顔色をうかがうことが板についたというか、染み込んでいって…。小中高ってずっと、この人は今どういう意図を持ってるんだろう?っていうのを察するのが続いてました。

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それと、野球やってた頃のポジションがキャッチャーだったんですね。キャッチャーってどういうポジションかっていうと、相手バッターがどんなボールを待っているのかというのを予想して、ピッチャーが投げる球を決める。いわゆる、“リード”ですね。

そのなかで、「この人はストレートを待ってるかもしれない」「カーブを待ってるかもしれない」っていう可能性をひたすら検討するっていうのを、毎球毎球、一試合の中で100球とかそれ以上とか考え続けるんです。

「もしかしたらインコースを待ってるかもしれない」「この場面を右バッターは流し打ちしたいから、アウトコースの球を待ってるかもしれない」とか、いろんな情報を加味していろんな可能性を考えていたんです、ずっと。

それが今、哲学を通じて行なっている、色んな可能性を疑って、問い考える思考スタイルに繋がっていったのかなあというのは、こうやって振り返ると思います。

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これからも、問い考え続ける

僕たちの生活にはありとあらゆる前提があって、それを無自覚に受けているというのを哲学を学ぶ過程で痛感しています。前提だと思っているものが前提じゃないってことに気が付ければ一番いいかなと。

そこまでいかなくても、もしかしたら僕たちの生活には、無自覚に受けている前提があるのかもしれないって“可能性”を持つだけですごく生活が楽になると思うんです。

えっと、具体的に言うと、新卒で会社に入って働いている友達がいるんですけど、仕事が大変すぎて辞めたいらしいんです。ただ、今の立場的に辞められないとも言っていて…。その人の話を聞いていると、前提に捉われている部分があって、「逃げられない」「仕事を辞めたら社会的に抹消される」とか話しているんですね。

もちろん、その、家族関係とかいろいろ悩むことはあると思うんですけど、すごく苦しんでいる友達を見ていて…。新卒で入った会社を数か月で辞めても死ぬわけでもないし、本当にそれって続けないといけないことなのかな?って。そういう風に、何か、くさびのようなものが人間の思考を邪魔することがあると思っています。

だから、くさびを引っこ抜けるだけの力を皆が身に着けられるようになれば、もっと人生は楽になるし、楽しくなるかなって。

でも、前提を疑ったり、問い考えるスタイルって習慣で身に付く力かなと思うんです。「これはくさびじゃないかも」と気づけるかどうかっていうのは、日常の中でどれだけ疑うことをしてきたかどうか。

なので、まずは疑ったり、問い考えるアクティビティとして哲学対話を経験して、「そういう風に考えることもできるんだ」っていうことを何度も何度も積んでいく。そんな体験を今後も提供したいですね。

これからも、「哲学とは接点を持っていなかったんだけど、触れてみたら、こんなに面白いんだ」って思ってもらえるように、哲学と生活の架け橋をつくりたいです。

<取材を終えてから・・・>
角田さんは今年の7月、NPO法人アーダコーダの代表理事に就任しました。会社でいう社長のように、NPOの方向性やアクションを決めていく代表として、角田さんがどんなことを考えているのか。取材でお聞きしたことをまとめました。これから、もっともっと、哲学する10代が増えていくといいですね。

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代表としての意気込みは…スタッフそれぞれが持っている「哲学対話観」をきちんと尊重して活動していきたいなと考えています。団体には大学教授がいたり、いろんな方がいるんですけど、それぞれ哲学観が違うんですね。

思っていることがある意味で統一されていないんです。それを、きちんと引き立てていかないといけないんだろうと思います。一方で、そういうことを尊重しつつも、僕が引き立て役になるだけではなく、自分がどうしたいか、自分にとっての哲学とは何かということを、言葉だけでなく形にしていきたいですね。

哲学をもっと、エンターテインメント寄りにして、遊びの要素を混ぜていくということも一つあります。大学で哲学をやった人は、アカデミックな哲学を大事にしているんですけど、アカデミックな哲学と、社会の中で生きる哲学を融合させたものを出してきたい。カタい哲学と、遊びに近い哲学の融合ですね。

一番力を入れたいことは、もっと哲学と距離がある人たちに、哲学する体験を届けていきたいんですね。そのためには、哲学対話って名称すらカタいかなと思っていて。

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哲学対話やりますって言っても、初めての人には何のことだかわかりにくいし、認知度も低いし、距離があるかなと思っていて。一言でいうと、哲学のエンタメ化をやっていきたいと思っているんです。

みんなそれぞれあると思うんですよ。宇宙のことだったら考えられるよ、政治のことだったら、環境のことだったら話したい、みたいな。その人その人が何かしらの問いを持っていると思っていて。

そういうことを話すのは気恥ずかしいし、ダサいというか・・・全然ダサくないんですけど「何やってんのそれ。意識高過ぎじゃね?」みたいな雰囲気があるじゃないですか。そこをなんとかしたいんです。

僕自身、学生時代に自分が話したいことを話せなかったという悩みがありました。「なんでだろう?」という疑問を学校の友達と一緒に考えたりってことはしなかったんですね。僕は問いや疑問について一人でたくさん考えていました。

「なんでだろう?」ってことを、一緒に考えるコミュニケーションが求められてないなっていうのがすごくわかったんです。「そんな面倒くさいこと話すなよ。ノリだろ、テンポよく話せよ、面白いことやれよ」みたいなノリがあって、それを強要されるのが辛かったですね。

当時の僕みたいに、そうやって孤立している人たちが話せる時間・場をつくっていきたいと思っています。「ここにはそういうことを考える場があるからおいでよ」って言って、哲学を楽しめるようになるといいなと思います。

(おわります)

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