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臆病な私を変えてくれた太陽との出会い。

※こちらの記事は「聞き書き甲子園」事務局による連載となります。

全国約80名の高校生が、「名人」(林業家や漁師、伝統工芸士など)を訪ね、一対一でインタビューをする「聞き書き甲子園」。そもそも、こちらの「列島ききがきノート」もそのOB・OGが立ち上げたチームです。
昨年はコロナ禍で休止していましたが、今年は工夫を凝らして、聞き書き甲子園を開催する予定です。今回で20年目となる当事業に参加する高校生の応募は5月からスタート!募集開始を前に、過去の参加者たちの体験談を連載でご紹介します。参加を考えている皆さん、「聞き書き甲子園ってなんだろう」と思った皆さん、ご覧ください。

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書き手:里崎 光(さとざき ひかる)
長崎県出身。2019年、高校2年生の時に第18回聞き書き甲子園に参加。山口県下関市の森づくりの名人・河田 紀美江(かわた きみえ)さんを取材しました。里崎さんの聞き書き作品は、農林水産大臣賞を受賞しました。


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「早く東京行きたいね〜!」

高校2年生の夏、私は友達と半年後の修学旅行に期待を膨らませていた。そんな時に、「無料で東京に行けるよ」と担任の先生に声をかけられた。私は半信半疑でお話を聞いた。

それは聞き書き甲子園というプロジェクトだった。正直「面倒くさそう」と思った。まず、1人で東京に行って研修を受けるらしい。長崎の田舎町で生まれ育ち、1人で県外に出向いたことのない私が、大都会=東京など...行けるはずがない。

東京での研修をした後も、1人で名人へ取材のアポ取りをして、1人で取材をこなし、作品をまとめあげる。そんなこと、自分には無理だろう...自分に自信のない私は、担任の先生からの誘いを断ることにした。

だけど、先生は誘い続けてくれた。それは、私が「将来は雑誌の編集者になりたい」と言っていたからだろう。それに、私は文系で文章を書くこと・まとめることが好きだった。

先生はそれを知っていたこともあり、声をかけ続けてくれた。私は先生の勢いに負ける形で、聞き書き甲子園に応募することにした。

そして、7月。参加者に選ばれたが、実感が湧くと不安が大きくなった。家族に相談すると、私の意見を尊重してくれて、選択を委ねてくれた。心底不安だったから、参加を辞退したい気持ちでいっぱいだった。

自分は方向音痴だから。1人で県外に出向いたことがないから。東京は危ないから。様々な理由をつけてどうにか参加を辞退したい。そう思っていた。しかし、先生や家族はこう言った。

「参加するしないは自分次第だけど、良い経験になるのは間違いない」

散々悩んだ挙句、参加するという決意を固めた。その決断には、自分を変えたいという思いが大きかった。面倒くさいことや人前に出ることを極力避けてきた人生に別れを告げ、自分に自信をつけたいと思った。そう簡単に変わることができなくても、この経験が自分の糧になるということは分かっていたからだ。

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↑私が生まれ育った長崎の見慣れた風景

8月の東京での研修を終え、いよいよ自分との戦いが始まった。山口県下関市の林業を営む名人に取材をすることになった。見知らぬ大人と会話をするのが苦手で、名人へのアポ取りの電話はとても緊張した。アポ取りが完了して安堵したのもつかの間、再度不安に駆られた。山口県に1人で行けるのか、上手く取材ができるのか、名人はどんな人なのか。考えれば考えるほど、不安は大きくなっていった。

そして、取材当日。長い長い道中でも不安は消えなかった。だが、家族や友人の応援の言葉が自分の支えとなった。皆の応援が、自分に喝を入れてくれたと思うと、家族や友人の力は偉大だということを改めて実感した。そして、いよいよ名人とお会いする時がきた。

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↑名人と、名人が所有する山。下関は自然豊かなまち。

名人は太陽のような人だった。見知らぬ私を温かく迎え入れて、丁寧に、そして分かりやすく林業や植物の説明をしてくれた。名人のご家族もとても優しい方ばかりで、たくさん私を気遣ってくれた。

温かい名人とそのご家族のお陰で、緊張や不安が徐々に和らいでいくのがわかった。そして、名人の話を聞けば聞くほど、その人生に惹かれていった。

取材を経て、自分が名人の人生を書くことに大きな責任を感じた。話を聞いて惹かれた名人の人生の魅力を、名人に会ったことのない人に伝えるには、自分が名人の人生と向き合うことが大切だということを意識して、編集に臨もうと決意した。

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↑名人が出荷しているサカキ

2度の取材を終え、書き起こし、編集の作業が始まった。この作業は胆力を要するものだった。どう文章を編集するかによって作品の味は変わってくる。自分の技量次第で名人の魅力や名人の人生の奥深さが伝わるかどうかが決まる。

私はこの作業に多くの時間を費やした。多くの時間や労力を費やした後に、作品ができあがったときは、何とも言えない達成感に包まれた。周りからの支えがあったとはいえ、自分が1人で物事を成し遂げたという事実は、私にとってとても大きなものになった。

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↑うさぎや鹿が好きなカヤの実。動物に食べられることがなければそのまま成長し、果実のなかのアーモンドのような種子は食べられるそう。

聞き書き甲子園に参加したことで、大きな自信や達成感を手に入れることができた。「自分には無理」「面倒くさいから嫌」だと挑戦することから逃げてしまいがちだった私を聞き書き甲子園が変えてくれた。

もし、あのとき参加を辞退していたら、私は何も変わらないまま、嫌なことからすぐに目を背ける人生を歩んでいただろう。過去の私なら、今こうして「列島ききがきノート」に寄稿するという道も選ばなかったと思う。

そして、家族や友人、先生、聞き書き甲子園の事務局の方々に支えていただいたお陰で、私は1つの作品を作り上げることができた。取り巻く環境が自分に大きな影響を与えるということも、この聞き書き甲子園で学ぶことができた。

自分を変えたいと思っている人、少しでも興味がある人はぜひ、聞き書き甲子園に参加してほしい。未知なる経験、大きな成長があなたを待っているはず。

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里崎さんの体験談はおわりです。次回の更新をお待ちください。

ありがとうございます。 列島ききがきノートの取材エリアは北海道から沖縄まで。聞きたい、伝えたい、残したいコトバはたくさんあります。各地での取材にかかる交通費、宿泊費などに使わせて頂きます。そして、またその足跡をnoteで書いていければ。