見出し画像

フリーザに似ている、ヒロくんの秘密

クレヨンしんちゃんとフリーザのいた教室


…あれ。
夢の中で目を開けると、ヒロくんが目の前にいた。
ヒロくんは、ほとんどしゃべらない子供だった。
口にする言葉は、ドラゴンボールのキャラクターの名前か必殺技ばかりだ、
私には、何のことか全然わからなかった。
当時は、わざわざそのためにドラゴンボールを読むなんて、したくもなかった。
最近ようやく大人買いして、鳥山明作品のわかりやすさに感銘を受けた。
善悪を歪めず精確にデフォルメする最高難度の圧縮術は、もはやキャラクターコンテンツを通り越して世界のアイコンになっている。
そういう感想を持っていたら、当時ヒロくんともう少し交流できたかもしれない。
ヒロくん、ごめんね。
それでも、子供同士はそれなりに仲良くしていたようだ。
小さい学校なので、誰かが休めばすぐわかる。
彼が風邪をひけば、心配する女の子もいた。
しゃべってもしゃべらなくても、彼の居場所はちゃんとあったようだ。
…それにしても。
一番会話の通じなかった私の前に、ヒロくんがいるとは。
なんでだろう。
私、まったくダメ教師だったんだけどな。
君たちにとっては、早く辞めてもらってよかったぐらいの。
私のいた期間なんてぜんぜん勉強が進まないから、黒歴史だったんちゃうの。
たまに思い出すと、なつかしいなーと思えるようになってきたけど。
黒歴史の張本人が顔を出すといけないから、誰とも連絡をとらなかったよ。
平等にしないと、誰がが傷つくしね。
…ヒロくんは、黙っていた。
彼がしゃべらないのはいつものことなので、私も何も言わなかった。
ただ、ヒロくんが何かを言いたそうにしているのは伝わってきた。
めずらしいな。
どうしたのかな。
周りには生徒たちがいて、それぞれ話したり遊んだりしている。
なのに、その中の誰も私とヒロくんには話しかけてこない。
影絵のような感じで、少し遠い。
ヒロくんはすごく重大な打ち明け話があるような様子で、私を見た。
それから言った。
「ぼくが、タカシくんにひどいことしたから」
「えっ?」
タカシくんとは、当時クラスのボスだった男の子である。
クレヨンしんちゃんを太らせて、エロガキ要素を抜いた感じの子だった(笑)。
タカシくんがみんなをいじめることはあっても、その逆はあり得るのか?
私はそんなことあるの? という顔でヒロくんを見た。
「ヒロくん、理由もなくそんなことする? タカシくんにいじめられたから、やり返したんじゃないの?」
「………ちがう、と思う」
えー、あっそう。
意外……。
まあ、だったらそんなに言いにくそうにしないわね。
確かに、タカシくんは優しいところもあったよね。
私は毎日、彼と取っ組み合いのケンカばかりしてたけど。
教師のくせに大人の目線に立てないから、筋を通せなくて負けちゃうんだよね。
「タカシくんにいじめられたから、やり返したんじゃなくて。ヒロくんがタカシくんに、ひどいことをしたのね」
「……うん」
「そうか。そうなんだね」
ヒロくんは授業中であろうとそうでなかろうと、キレると叫んで暴れていた。
体の小さい子だったので、暴力にはならなかったのだけれど。
誰かに生の感情をぶつけてしまうことは、あってもおかしくない。
その場では感情のセーブがきかないけれど、後から何か思うことがあったのかもしれない。
あくまで、想像だけれども。
弟のほうが、お母さんに可愛がられている。
家を訪ねたとき、そう感じていそうだったヒロくん。
ドラゴンボールパペットではない、人間の子供のさびしさをうっすらと感じた。
そうか。
そうだったのか。
いろいろ、わかってなかったね。
ごめんね。
タカシくんにいじめられてたんじゃ、なかったんだね。
ヒロくんは、タカシくんを嫌っていなかった。
むしろ、好きだったんじゃないかと思う。
いっしょに、遊んでいたものね。
…ヒロくんは、まだそばにいる。
「そうかあ。話してくれて、ありがとう」
言葉は発しなかったけど、彼は満足そうだった。


解釈ともつかぬ思い出話

夢日記とも、エッセイともつかぬものになってしまった。
たとえ夢であろうと、ヒロくんと意思の疎通ができる日がくるとは思っていなかった。
とても不思議な感じがする。
当時の私は自分のことばかり必死で、生徒のほうをみていなかった。
まったく適性のない教師になったのは、双方にとって大惨事だった。
何年も、苦しい授業の夢を見続けた。
子供たちが騒ぎ出し、ただ怒鳴っているだけで時間が来てしまうという、無力感と絶望に引き戻された。
どうすれば良いのか、夢の中では完璧にわかっていた。
個々の生徒をよく見て、発言を引き出す。
授業の根幹となるテーマから逸れる時は、さりげなく引き戻す。
全体に目配りしつつ、うねる流れを操る。
ドライブ感をもって、生徒を勉学の楽しみに乗せてしまう。
そんな離れ業が、当時わずかにでもできていれば…。
ある時、夢の中で理想の授業ができた。
私も子供たちも楽しく、輝くような高揚感の中で授業を終えられた。
達成感に、深く満たされた。
それからというもの、学校の夢をぴたりと見なくなった。
そして、今の仕事やものを書くときに、理想の授業の原型をいくらか流し込めるようになってきた。
この苦い失敗談は、自分の基礎を作ってくれた貴重な経験でもある。

今回、ひさしぶりに教室の中で目を覚まして、ひたすらなつかしかった。
床や壁の匂い、塗りたてのペンキのようなあの匂い!
夢の中のヒロくんは、記憶の中の彼よりもう少しおとなしそうだった。
髪型がマッシュルームカットだった。
当時のヒロくんは髪の毛が逆立ったツリ目で、フリーザとかベジータに似ていた!(笑)
ドラゴンボールのことを思い出すたび、いっしょにヒロくんが浮かんできた。
長いことわかってあげられなくて、ごめんね。
彼は言えない言葉を、重いまま持ち続けていたのかもしれない。
夢だけど、言えてよかったね。
夢だけど、ちゃんと聞いてあげられてよかった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?