【育児日記】キティちゃんのばんそうこう
自分が4歳くらいの頃、外出先で高いところから転倒しておでこを切ったことがあった。
流血する私を抱きかかえ、母が必死の形相で近くの病院に走って連れて行ってくれた。痛みの感覚よりも、こりゃあまずいことになったなあ、と子どもながらに事態の深刻さに気づきつつもどんな顔をしたら良いのかわからず、なんとなくへらへらしながら、見慣れない景色が斜め後ろに飛んでいくのを母の腕の中から見ていたのを覚えている。
駆け込んだ小児科の先生は優しかった。消毒などの処置をした後、傷口に大きめのキティちゃんの絆創膏を貼ってくれた。
白い耳に赤いリボン。わあ、かわいい、と思った。
怪我したおでこが可愛くなって、一気に心が弾んだ。それなりに傷が大きかったのだろう、普通よりも大きめサイズの特別感も嬉しかった。
…
「ここ、いたいよー。けがしたから、ばんそうこうはるー」
現在3歳の娘は、絆創膏を貼るのが好きだ。ほんのちょっとぶつけただけでも、絆創膏貼って〜、と言いにくる。
「なにもかいてないのじゃなくて、キティちゃんのがいいの」
そう、我が家の子ども用絆創膏は、もちろんキティちゃんなのだ。
自分の幼い頃の記憶が残っていて、見かけた時つい買ってしまった。
ふだんはあまりキャラ物は買わないのだが(名前のついているキャラクターは身に付けると何となく緊張してしまう)、絆創膏は迷わなかった。
お望みどおり、かすり傷ひとつないすべすべの腕にピンク色の絆創膏を貼ると、娘はとても満足そうだ。
「これでもうだいじょうぶだね」と笑う。
娘の腕に貼ったばかりの絆創膏は、ぴかぴか光って見える。
そこに朧げな記憶の中の、少し色褪せた絆創膏がかさなる。
かわいい、と思ってほっとしたこと。
嬉しくて、心がほわん、として、だんだん元気が湧いてきたこと。
血の出ていない腕に、絆創膏は必要ないだろう。
正しいか正しくないかで言ったら、正しくはない。
でも娘にせがまれたらなるべく貼るようにしているのは、自分の心の中にあの時のほわん、とした感覚が残っているからだと思う。
だから今は正しさよりも、やさしさを選ぼう。
娘のちいさなウソに気がつきながらキティちゃんの絆創膏をめくる時、子どもの私も嬉しそうに、手の中を覗き込んでくるのだ。
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