【童話】おしゃべりきつねともぐらさん
あるところに、おしゃべり好きのきつねさんがいました。きつねさんは朝でも昼でも夜でもずっとおしゃべりをしていました。
きつねさんはいつでもだれとでもおしゃべりをしていたいのです。可愛い野うさぎさんとも、賢いふくろうさんとも、こいぬの兄弟たちとも、しゃべりたくてしゃべりたくて堪らないのです。
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野うさぎさんが言いました。
「お庭でいちごが獲れたの」
するときつねさんが続けます。
「私のお庭にも美味しいいちごがあるわ。それに私のおうちには、綺麗なお花も咲いているし、クッキーを焼けるオーブンもあるの。それからそれから」
きつねさんのおしゃべりが止まりません。
野うさぎさんはきつねさんにもいちごをお裾分けしようと思っていたのですが、なんだかきつねさんのおうちのいちごのほうが美味しそうなのでお裾分けはやめることにしました。
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ふくろうさんが言いました。
「本で読んだんだがね、もうすぐ雪というのが降るらしくて」
するときつねさんが続けます。
「私も雪のことは知っているわ。白くてふわふわで冷たいんでしょう?冬になったら雪が降るのよね。今は秋だから、きっともうすぐ雪が降るでしょうね。雪はなにから出来ているのかっていうとね」
きつねさんのおしゃべりが止まりません。
ふくろうさんは皆で雪だるまを作りたくて、本で雪だるまの作り方を覚えたのですが、なんだがきつねさんのほうが雪のことに詳しそうなので、一緒に作ろうと誘うのをやめてしまいました。
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こいぬの兄弟が言いました。
「僕たちはかけっこをするのが好きなんだ」
するときつねさんが続けます。
「私もかけっこは好きよ。私はきつねだからとっても走るのが速いの。もしかしたらこの森で一番速いかもしれないもの。森の南側にある川があるでしょう?あの川から森を一周したこともあるし、北の滝から競争をしたこともあるわ」
きつねさんのおしゃべりが止まりません。
こいぬの兄弟たちはきつねさんと一緒にかけっこがしたかったのですが、きつねさんはとても走るのが早そうだったので、一緒にかけっこをしようと誘うのをやめてしまいました。
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おしゃべりに夢中になってしまうきつねさんは、いつもみんなのおはなしをいつのまにか奪ってしまうのでした。森のみんなはだんだん、だんだん、おしゃべりきつねさんとお話ししなくなりました。一緒にやりたいことをきつねさんとは出来ないからです。
秋が過ぎ、冬になって、きつねさんはだんだん、だんだんひとりぼっちになっていきました。春が来てもきつねさんのおうちには誰も遊びに来てはくれません。
「どうして誰も私としゃべらないのかしら!もっと私と喋ってくれる動物を探すわ!」
おしゃべりきつねさんは誰かと話したくて話したくて仕方がありません。そこで喋ってくれる誰かを探す旅に出ることにしました。
ずんずん、ずんずん知らない道を進んで、ずんずん、ずんずん森の奥へ入って行きます。橋を渡り、滝をくぐり、丘を越えても、まだまだずんずん、歩きます。
すると、突然きつねさんが「ひゃあ!」と叫びました。叫んだ時には足を滑らせていて、目の前が真っ暗になったのです。
きつねさんは空に浮かんだようにふわふわと、でもどこかに吸い込まれているような感覚になりました。しばらくそのまま落っこちていくと、やがてドンと強くおしりを打ちました。
「痛いっ!」ときつねさんが叫びます。周りを見渡すとそこは暗くて長い洞窟のようでした。ずいぶん向こうに小さく灯りがもれているのが見えました。
「あそこに誰かいるに違いない!」
きつねさんはおしりの痛みも忘れて、灯りに向かって一目散に走ります。
眩しい光が目に飛び込んできて、目の前には初めてみる動物がいました。
「あなたはどなたかしら?私はきつねよ!走るのがとっても速いの!ところでここはどこかしら」
嬉しくて嬉しくてきつねさんのおしゃべりが止まりません。するとゆっくりと振り返ったその動物が言いました。
「僕はもぐら、ここは僕の家、君はきつねなのか?どうやってここに来たの?僕はずっとここで暮らしているんだ。時々地上に出ることもあるけれど、大半はここで暮らしているよ。お客さんなんて久しぶりだ。嬉しいな。ああ、そうだ、お茶でも飲むかい?ええと、君はなんて言ったっけ!ああ、そうだ、きつねさんだね」
もぐらさんのおしゃべりが止まりません。
もぐらさんは随分と長い間、穴の中でたったひとりで暮らしてきたものですから、おしゃべり出来るお友だちが出来たことに嬉しさを隠せません。
きつねさんは聞きました。
「あなたはもぐらさんなのね。ところでここは穴の中なの?私は地上にいたんだけれど、どうやって上がればいいのかしら?」
もぐらさんが答えます。
「ああ、どうだろう。ここには今まで誰もきたことがないから、上がり方は分からないんだ。僕は穴に沿って這って上がることが出来るけれど、君はなんて言ったっけ、ああ、そうだ。きつねさんだよね。きつねさんがどうやって上がれるかは分からないんだ。ああ、なんてことだ!僕としたことがお茶を出すのを忘れていたね!お客さんに失礼な」
もぐらさんのおしゃべりが止まりません。
きつねさんは思わずたじろいでしまいました。こんなにおしゃべりが止まらない動物ははじめてだったからです。きつねさんがしゃべろうとしても、もぐらさんがずっとおしゃべりをしているので、きつねさんがおしゃべりをする暇がありません。
もぐらさんが聞いています。
「きつねさん、お茶をどうぞ。それからクッキーと、これは新鮮なニンジンだよ。好きなだけ食べてくれていいからね。そういえばきつねさんはどこから来たんだっけ!僕はずっと穴の中にいたもんだから、あまり森のことは知らなくてさ、だからずっと森の話を聞いてみたかったんだ。森といえば春になったら花が咲くって言うのは本当かい?」
もぐらさんのおしゃべりが止まりません。
きつねさんはだんだん、目が回って、頭がぐるぐるとしてきてしまいました。きつねさんが答えようにももぐらさんがずっとおしゃべりをしているので、答えることもお茶を飲むことも、もちろんクッキーを食べる暇もありません。
「もぐらさんごめんなさい、私なんだか頭がぐるぐるしてきたの」
と、きつねさんが小さい声で言いますが、どうやらもぐらさんには聞こえていないようです。
「きつねさん、何をしてるの、早くお茶を飲んでよ。これはいつかお客さんが来たときに出そうと思ってとっておいた、とっておきのお茶なんだから!あれ、もしかしてクッキーは嫌いだったかな?なんてことだ!僕としたことが!お客さんの嫌いなものを出すだなんて!」
もぐらさんのおしゃべりは、まだ、止まりません。
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