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恋人みたいな電子レンジ。

世界は変わらなかった。

恋人みたいな電子レンジと先週別れた。
10年以上一緒にいた電子レンジと。

1歳下の妹のほうが私よりも先に一人暮らしを始めた。遅れること数年、24歳のときに私も一人暮らしを始めたのだが、なにせお金がなかった。

一人暮らしをするわけだから、冷蔵庫や洗濯機、テレビなどの家電用品をそろえる必要があり、私はそれらすべてを新品で購入する余裕もなかった。だから中古用品店で買ったり、友人からもらったりした。

電子レンジは、妹からもらった。

白くて安そうで、どこのメーカーの電子レンジなのかも知らない。物を温める以外の機能やボタンもない。あるのは何分温めるかを設定する丸いノズルのみ。ノズルを回せば「ブォ───────ン」という音が鳴る。

一人暮らしを始めるにはこの電子レンジで充分だった。24歳以来いつも私のご飯を温めてくれた。春夏秋冬すべての季節で白い電子レンジが私を温めてくれた。



結婚したのは28歳のときで、冷蔵庫や洗濯機は新品の物が買えるようになった。でも電子レンジは替えなかった。

別にこれをくれた妹への感謝を忘れないように、とか、つらかった一人暮らしの思い出として、みたいな理由ではない。

電子レンジには「食べ物を温める」という機能があればいいのだから、この古めかしい白い電子レンジで事足りる。新しい電子レンジは要らなかったのである。でも、


「そろそろ、電子レンジを替えて俺たちの世界も変えようか」


結婚から5年が経った先週、電子レンジを替えることにした。だって、古い電子レンジでは食材を温めるのにすごく時間がかかるし、「ブォ───────ン」という音も日増しに大きくなっている気がする。

この白い古い電子レンジを替えて、最新式の電子レンジを買えば、温める速度はきっとあがり、音も静かになる気がする。

妻は「いいね」と言ってくれたから、いっしょに次の電子レンジを選んだ。そうして数日後、新たな電子レンジが我が家にやってきたわけである。


新しい電子レンジは新しいだけあり、前よりもひと回りサイズが大きく、色は黒塗り。やけに機能が多く、ボタンもたくさんある。温め時間を設定する回転式ノズルを回すと、コチコチと心地いい音が鳴る。


古い電子レンジは粗大ゴミとして、すぐに車で捨てに行った。妹からもらった電子レンジ。10年使ってきたことへの感謝はあるけど、電子レンジはただの電子レンジだから、捨てるのにまったく躊躇もしない。

もしも電子レンジから「捨てないで! まだ温められるよ!」という声が聴こえてきたら「え?」と言ったかもしれないけど、そういうことはありえないので、そそくさとゴミ捨て場に行き、電子レンジを両手でかつぎ、そしてぶん投げてきた。おりゃっ。



こうして新しい黒塗りの電子レンジを使う日々なのだが、気づいたことがある。


温め時間も、音も、前と大差ないのだ。


あれれ、おかしいな。

10年使ってきた古い電子レンジと最新の電子レンジ。食べ物を温めるという共通のミッションを達成するまでの過程に大きな差がない。

なんなら、最新式のほうはボタンが多くてよくわからないし、機能を使いこなせていない私たちがいる。

妻と話す。



「なんか、かわんねーな」

「かわんないね」

「あれに似てないか」

「なに?」

「高校3年間ずっと付き合ってきた彼女がいたのに、大学デビューしちゃって新しい彼女に乗り換えた感じ」

「あ〜、しっくりいってない感じね」

「そう。なんやかんや昔の彼女のほうが自分に合ってたみたいな。でももう戻れないから今を受け入れるしかない、みたいな」

「そうねぇ」



恋人みたいな電子レンジと先週別れた。
10年以上一緒にいた電子レンジと。

世界は結局、変わらなかった。


<あとがき>
電子レンジの機能が多すぎてぜんぜん使いきれなくて、これは使う側に問題があるんだよなと思っています。なんか昔のレンジのほうに慣れすぎていて、変に便利すぎる今の電子レンジには「なんかちがう」と思っている自分がいるわけです。せっかくおしゃれで便利にしても、やはり使う側、付き合う側に問題があると関係はいつだって頓挫します。今日も最後までありがとうございました。

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