旅の始まりのフライトにて
眠くてうとうとしていると、若い男女がワゴンを押して、後ろから私の席の近くへやってきた。
飛行機のドリンクサービスだ。
いつも私はりんごジュースかコンソメスープを頼む。飛行機はもう10回以上乗っているので、慣れたものだ。
沈んでいる雲をぼーっと眺めながら待っていると、後ろの老夫婦とワゴンを押していた客室乗務員の会話が聞こえてきた。
どうやら彼は初フライトらしい。ぎこちない言葉遣いで、ドリンクを渡していた。
少しだけ緊張を覗かせる声に、ずっと年上のはずなのに、応援の言葉をかけたくなった。
感慨深くなっていると、後ろの老夫婦が、彼に応援の言葉をかけた。
その言葉は、ただただ今の彼を見て伝えていた言葉のように思えた。
なんだか自分に言われているような気がして、目頭が熱くなる。
彼はありがとうございます、と照れくさそうに会釈をして、ワゴンを押し進めた。
私の席の隣に止まり、私に声をかける。
「りんごジュースをお願いします」
私にとってはいつも通りの言葉。でも彼にとっては、これからが決まるかもしれない瞬間。
コンビニで働いていると、時々「朝早くから偉いのぉ」とか「頑張ってね」と声をかけてくれるお客さんがいる。
そのときの心の振動を、私は知っている。
りんごジュースを注ぐ手が震えていた。でも笑顔は絶対に壊さない、いや、壊れない温かい笑顔だった。
この人はどんな思いでこの仕事を選んだのだろう。どんな人たちから愛を注がれてきたんだろう。人生にどんなバックグラウンドがあったんだろう。
考えてもわからないけれど、ただ1つ確定しているのは、彼が今万円の笑みと震える手でりんごジュースを渡してきたこと。
多分私もぎこちない表情だったと思う。それでも、伝えたいと思った。
「頑張ってください」
彼の目は透き通っていて、窓からの光を真っ直ぐ受け止めていた。
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