短編小説:【真夜中の独り言】 «穏やかな人»
その人は私が見る限りとても穏やかな顔をしていた。
しっとりと濡れた街灯の下で、傘を閉じ少しうつむき加減に微笑んでいる。
小雨と言えどやはり濡れる。
普段なら驚いて恐怖さえ感じるこのシチュエーションだがあまりにも彼女が穏やかに、そして儚く微笑んでいたので見とれてしまった。
彼女はこちらを気にすることも無く、赤く染った自分の手を愛おしそうに眺めているのだ。
まるで産まれたての我が子を手にしてるかのように。
きっと、その手にしているのは彼女の大切な命なのだろう。
足元に転がっている塊はピクリとも動かない。
彼女に人生を託したのだ。
狂気に満ちた愛情は時に至福の一時にもなりえるのか。
遠くから耳鳴りにも似た現実が近づいてくるのが、わかる。
あぁ、こんな事になるのなら、あの時強がらずに次の電車に乗れば良かった。
瞬きをした瞬間、彼女の囁く声がした。
「いつも一緒…」
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