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短編小説:【真夜中の独り言】«ランドリー»

今日は洗濯物が重い。
ここ数日雨続きでなかなか洗濯物が溜まってしまっていた。

アパートから出て左に曲がるとすぐにランドリーがある。
このランドリーは引っ越してくる随分前からそこにあったが、老朽化が進んで最近新しく改装したばかりだ。

改装する前はボロボロのベンチと、蛍光灯のボヤけた明かり、乾燥機も温度設定が出来ない旧式のもので、正直あまり来たことがなかった。
たまにこんな風に、雨続きの日は仕方なく来ることはあったものの、日常的に使うには抵抗があった。

改装後は、清潔感溢れる造りと明るい照明、音楽も少し流れているし、ベンチだって綺麗だ。
床にはブラウンのカーペットが敷かれ、快適な空間だった。

24時間空いていることもあって、人の少ない深夜に洗濯物を入れに来るようになった。
しかし、独り身のアパート暮しだ。
毎日ランドリーに通うには少々お財布に負担がかかる。
3日に1度だけ、面倒な洗濯物を機械に丸投げして、読書を楽しむ小さな息抜きをするようになった。

紙媒体もマンガもいいが、最近ではスマホで小説を読むのが好きだ。
それも、有名なマスターピースのようなものではなく、少したどたどしい、中高生や描き始めたばかりというアマチュアな物を今は好んで読んでいる。

難しい言葉も、捻りに捻った言い回しもなく素直で率直な文面はとても心が癒される。

毎日する洗濯物も今日は3日分だ。
大きめの洗濯機へ入れ、少し高めの料金を払う。
いつもなら家の洗濯機で洗ってから乾燥機にかけるだけにするが、今日は新しく読み始めた小説を、ゆっくり読みたくて洗濯からすることにした。

自分の部屋とは違い、空調管理も完璧で、小さなクラシックと洗濯機が回る音ですごく集中できる。
余計な誘惑もなく、夜中で人もいない。
とても快適な空間だった。

丸いクッションが置かれたベンチに座ると、早速小説を開いた。

住宅が立ち並ぶ静かな街だが、ランドリーの前は県道と言うこともあって、夜中でも車通りがそこそこある。
少しは防音が効いているのか、店内は車の音もさほどせず、かと言って人ひとり通らないような寂しい感じもないので安心感があった。

10分くらいたった頃だろうか。

ゴトンッ

と大きな音が鳴った。
驚いて音のした洗濯機へ目をやる。

しかし、洗濯物は快調に円を描きながらジャブジャブと回っている。
なんの音だったのだろう…

不思議に思いながらまたスマホに目線を落とす。

ガコンッ

また洗濯機から音がする。

何か変なものを一緒に入れてしまったかな?
故障したら大変だ。

スマホの画面を落とし、手に持ったまま洗濯機へ近づいた。

中を確認したいが、洗濯機の止め方がわからない。
仕方なく窓から何か入ってないかのぞきこんだ。

ガタンッ ガンッ カランッ

硬いものがぶつかる音がする。

よくよく見ると黒い四角の塊が見えた。

あれ?スマホ?
洗濯槽の中にスマホのような物が入っている。
しかし、誰のだろう。前の人の持ち物が入ったままだったのかな?
自分のは今まで小説を読むのに使っていたし…

しかし、今の今まで握っていたはずなのにいつの間にか手ぶらだ。
あれ?ベンチに置いてきたっけ?

握っていたと思っていたスマホが、手の中からいつの間にか消えている。
ベンチを確認しに戻ったが、どこを探しても見つからない。

ポケットにもベンチの下にもない。
洗濯物を畳む作業台の上にも、洗濯物を持ってきたカゴの中にも。

もしかして、と思いよくよく洗濯槽の中を覗いた。
自分が使っているスマホと、同じリングが着いているのが見えた。

なんで?どこから入った?いつ?
扉は閉まっているし、今まで握っていたのに。
理解できない状況に頭がついて行かない。

早く停めなくては。
停止ボタンを探すが見当たらない。

ゴトンッ

今度はスマホがぶつかるよりも大きな音がした。

びっくりして洗濯機を見ると、洗濯物では無い薄茶色の塊が見えた。
それは少し長細くて太い棒のような形をしている。

なんだろう。

夜中の1人の空間だ。目を凝らして中を覗くのも少し勇気がいる。
何か嫌な予感がする。
不安と恐怖と焦りで手が震える。

確認したくはないけれど、見ずには居られなかった。

薄茶色の太めの棒は少し形をぐにゃぐにゃと変えながら回っている。先の方には小さな分かれ目が着いている。

その正体を確認した瞬間、喉が張り付き、髪の毛が逆立つのを感じた。
動くことも、声を出すことも叶わず釘付けになってしまった。

腕だ。
人の腕だ。

昨日着たパーカーと今日1日履いた靴下の狭間に人の腕が踊っている。

ガコンッ ゴトンッ バキッ

凄い音をたてながら、洗濯機は回っている。

ガンッ

洗濯機が揺れる。中の腕が2つに増えている。

こうなったらもう思考は停止状況だ。
まだ体に力が入らない。

ゴトンッ ガタンッ

中の水が赤みががってきている。
震えが止まらない。
全身の力が抜け、その場に座り込む。

どうしても洗濯槽の中から視線がはなせない。

車の走る音やクラシックの音楽はもう耳にも入ってこない。

終いには、洗濯機の塊が4本に増えている。

ふかふかのカーペットのはずなのに濡れた冷たい床に座っているようだ。

濡れてる…?

ようやく洗濯機から目を離し、座り込んだ床を見ると真っ赤な海に変わり果てていた。

しかし、そこには見慣れた物がない。
毎日、通勤と営業で焼けた手足が見えない。

え…?

今まで感じていた恐怖からいきなり解放された感覚がした。

ガコンッ

今までの音より一際大きな音がなる。

洗濯機へ目線を戻すと、ダークブラウンの毛が着いた肌色の丸い塊が回って見える。

塊は軽快に円を描きながらこちらを振り返える。

その顔は薄く微笑んでいるようにも、どこか悲しげにも見える。
毎日鏡越しに見ている切っても切り離せない自分だけのものだ。

時間がゆっくり流れる。

回っていた頭が再びこちらに振り向くと目が合った。

見慣れたその瞳に、光は見つからない。

遠くから車のクラクションと水の音が聞こえた。

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